4日目

「今日はなにするの?」


 ナツは少し考えた後、


「魚、捕りたい」

「じゃあ、川にいこう!」


 そして、沈黙が流れた。


 ――数秒後、僕が察して水筒を差し出すと、例によってごくごく飲み始めた。


 あまりの食いつきに、青汁が飲みたくて僕と遊んでるんじゃないか? という考えが頭をよぎった。


 近くにあったのは、苔むした大きな岩がゴロゴロしているような渓流だった。

 水は澄んでいて、泳いでいる魚が見えそうなくらいだったが、流れはなかなか速く、水の音が蝉の声よりも大きく聞こえた。


 清流に、上流から流れてくる緑色の葉はよく映えた。それに気を取られていると、ナツがいつの間にか僕の顔を覗き込んでいた。


「竿は? 網は?」

「昨日と同じように、手でとるでしょ?」

「そんなの無理。『ボク』はおバカさん?」


 馬鹿と言われて腹が立ったが、それよりも気になることがあった。


「『ボク』って、ボクのこと?」

「うん。自分のこと、『ボク』っていってるから、名前でしょ?」

「ああ、うーん。まあ、いいか」

「ボク、竿か網」

「ああ、とってくるよ。ちょっとまってて」

「うん」


 ナツの表情が少しずつほどけてきていた。



 網を取ってくると、ナツは岩の上に座っていた。裸足で水を蹴っている。


「あ、ボクだ」

「うん。はい、あみ。さおは見つからなかったから、今日帰ったらおじいちゃんにきいてみるよ」

「ありがとう」


 ナツは早速、川の中を網で掬った。

 上がってきた網を見て、僕は変な声が出た。魚がたくさん入っていたのである。

 ナツも珍しく自慢げに胸をそらしている。


「これはイワナ、そっちがニジマス、オイカワ、ドジョウ……」


 ナツは魚にも詳しかった。指差して名前を呟くと、捕まえた魚を一匹ずつ掴んで真上に放り投げた。魚は、落ちてこなかった。


「……どこにいったの?」

「余剰次元」

「またそれ? なんなの?」

「知らなくていい」



 夕方まで、いくつか川を転々とした。汚い川にはザリガニやヌマエビがいたし、綺麗な小川にはメダカやタカハヤがいた。


「今日も楽しかったね」


 僕の声にこちらを向いたナツは、どこか、心ここにあらずといった感じだった。


「ナツは、ボクといっしょにいて楽しい?」

「……どうして?」

「だって、いつもむひょうじょうだし、あまり楽しそうじゃなさそうだし、ボクなんかいなくてもムシも魚もたくさんとってるし」


 ナツは困った顔をした――ように見えた。

 もしかしたら、僕の願望がそう見せただけかもしれない。


 僕はそのまま、構わず帰ろうとした。


「あ、待って!」


 僕が振り返ると、ナツは胸の前で両手を握りしめていた。


「――また、明日」

「――うん」


 僕は短く言って、駆け出した。


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