第6話 社員試験と、爆発の瞬間

2022年5月。


会社から届いた「ある案内」とは、派遣社員向けの社員登用試験の案内だった。


かつて、入社半年で作業長から直接「社員にならないか」と誘われたとき、私は理不尽な環境への恐怖からその申し出を断った。


あの時は、「変化=リスク」だと恐れていた。


しかし、今は状況が違う。


派遣社員として5年近く働いて、私は会社の構造を嫌というほど理解した。


組織の都合で簡単に居場所を奪われ、不合理な異動を命じられる。


私の居場所は常に不安定で、社員という名の安全な椅子に座る人たちの都合で揺さぶられてきた。


特に、今のT班の男性社員から受けている、あの無駄な呼び出しや監視のような視線は、私の精神を確実に蝕んでいた。


(このまま派遣の立場でいたら、またあの人に何か言われても、結局「派遣だから」と我慢してしまうかもしれない)


社員になれば、少なくとも、組織から部品のように簡単に動かされることは減るだろう。


そして、もし理不尽なことを言われても、「対等な立場で反論できる」かもしれないという、わずかな希望が生まれた。


私は試験を受けることを決意した。


試験は筆記と面接。


これまでの仕事ぶりや勤務態度が評価されたのか、トントン拍子で話は進み、私は無事に社員登用試験に合格した。


2022年5月1日付けで、私は派遣社員から正社員となった。



社員になっても、私の仕事内容は何も変わらなかった。


同じ作業着を着て、同じクリーンルームで、同じ製品を作っている。


給料は少し上がったかもしれないが、責任の重さだけが、ずっしりと増した気がした。


そして、T班で私を悩ませていた男性社員も、私が社員になったことで態度を改めることはなかった。


相変わらず、彼は教えた内容をメモしているにもかかわらず、何度も私を呼び出し、「あっ、書いてるやん」を繰り返した。


彼の中で、「派遣は下」という固定観念は根強く残っているようだった。


社員になった私を「対等な存在」と認められないが故に、彼のハラスメントはより陰湿に、より執拗になったように感じられた。


休憩中のギャンブル話も変わらない。


私は、休憩室の隅で小さく座り、彼が話している間、ただ時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。


(どうして、私はこうも、理不尽に耐えることしかできないのだろう)


社員になったことで、私は少し強くなれると期待していた。


しかし、長年の習慣は恐ろしい。


「波風を立てるくらいなら、自分が我慢すればいい」という幼い頃からの刷り込みが、結局、私を彼に対して何も言えなくさせていた。


時間は流れて、2023年の2月。


あの理不尽な男性社員と一緒に作業を始めてから、もう1年近くが経過していた。


私の精神的な疲弊はピークに達していた。


毎日のように続く無駄な呼び出し、監視のような視線、休憩中の強制的な会話。


そして、彼はついに、仕事のミスではなく、私の人格を否定するかのような言葉を口にするようになった。


ある日の夜勤。


装置がトラブルで止まってしまった。


私は手順書を見ながら、落ち着いて対処しようとしていた。


その男性は、その横で腕を組み、私を見下ろすように立っていた。


「おい、佐藤。お前、何してんねん。早く直せや」


私自身、早く直さなければと焦っている。


彼の言葉は、私の焦りをさらに増幅させるだけだった。


私が必死に装置を操作していると、彼は、苛立ちを隠さずに大声で怒鳴った。


「お前、ほんまに使えんなぁ。何年もここで仕事して、こんなこともできへんのか!?」


「……!」


私の心臓は、この言葉で完全に凍りついた。


私が以前、怒鳴られたのは、仕事の手順に関するミスだった。


しかし、これは、私の存在そのものを否定する言葉だ。


怒りが、私の身体の奥底から込み上げてきた。


長年、「言い訳をするな」「優しくあれ」と自分に課してきた感情の蓋が、この瞬間、完全に吹き飛んだ。


彼は、装置の故障の原因を、私のせいだと決めつけている。


社員として対等になったにも関わらず、「派遣は使えない」と見下していた意識が、この一言に凝縮されていた。


彼は私に、「どうにかしろ」と言っている。


彼のその傲慢な態度と、「使えない」という言葉が、私の心の中で、抑圧されてきた感情の奔流を解き放った。


私は、これまで見たことがないほど、鋭い目つきで彼を睨みつけた。


そして、堰を切ったように、心の奥底に沈めていた言葉を、初めて彼の前で、喉が震えるほどの大きさで吐き出した。


「どうするも何も、私にどないしろって言うねん!!」


怒鳴り返した声は、静かなクリーンルームの中で、装置の音をかき消すほど大きく響いた。

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