第10話 小夜子・ミーム編 その2
その日は、アウトドアスポーツをするには絶好の秋晴れでした。
ミームの森では王家の一行が、毎年恒例の狩猟を隣国(チャイナ王国)のハン王子を招いて楽しんでおられました。
ハンティング用のニッカーボッカーズスタイルがバッチリ決まってる正妃イザベラとは対称的に、ちんちくりんな第2夫人小夜子はご愛嬌という感じではありましたが。
猟が終わった後のお茶会には、正妃から第12夫人までが顔を揃え他愛のない話に花を咲かせています。
純白のクロスで覆われた広いテーブルの上には、カラフルなマドレーヌと高級食器に注がれた琥珀色の液体が並んでいました。この純金で縁取られた茶器は、イザベラの誕生日にハン王子から贈られたものだそうです。
ちなみに、狩猟を好まない国王はこの行事には参加していません。このイベントを嬉々として仕切るのは、もっぱら正妃イザベラと彼女に寄り添うように着座しているハン王子だったのです。
王子の横でイザベラは、不謹慎なほどにはしゃいでおられました。
「イザベラ正妃の腕前はさすがでございますわ! 親鹿と子鹿を同時に仕留めるなんて・・・」
と、化粧の濃い第5夫人が言うと、
「あれはハン王子がこうアドバイスしてくれたからなのですよ。
2頭の獲物を見ながら・・・
正妃は、子鹿を狙ってください。 私は親鹿のほうを撃ちますから、と・・・」
と、イザベラは得意気に答え、称賛の眼差しを隣にいる王子に向けました。
韓流スターのようにイケメンな王子もイザベラを見つめて微笑んでいます。
かなり意味深な会話でしたが、それに気づいている者は、たった一人を除いて誰もいませんでした。
第2夫人の小夜子は、ただ静かに話を聞いているだけでしたが、おそらくお付きの者と思われる男が彼女に何事かを耳打ちしたようです・・・。
「親子の鹿を同時に絶命させたのは、どちらにも悲しませないための(イザベラ様の)御慈悲だったのですね。 素晴らしいですわ!」
と、最近ダイエットに失敗した小太りな第6夫人が言ったところで、茶会のテラスに面した庭先に狩猟の獲物が運ばれて来ました。
あの親子鹿の無残な屍も・・・・。
想像の中のそれではない現実の骸(むくろ)を見た夫人たちは沈黙し、第3夫人と第7夫人は眉を顰めました。
「なぜこんなものを、ここに!?」
と、イザベラが近くにいた家来を咎めると、
「小夜子様からのご指示で・・・」
小夜子があえてここに運ばせたようです。
そのときでした。
第2夫人は唐突に席を立つと、正妃に向かってこう話しはじめたのです。
「あの鹿の親子が、国王が創られた保護区の中で仲良く木の実を食べているのを昨日私は見ました。
いったい、どこで猟をされたのですかお二方(ふたかた)?」
正妃と異国の王子とに向けられた小夜子の眼差しは冷厳そのものでした。
実は、イザベラとハン王子のペアは、猟場を外れ保護区の中にいた親子鹿を射殺していたのでした。ただ大きな獲物を王子に屠らせたいというイザベラの確信犯的に残忍な欲求からそれは行われたのです。
おそらく他の夫人達もイザベラのルール違反には気づいていたはずですが彼女の復讐を恐れて何も言えなかったのでしょう。
毅然とした態度の小夜子に問われたイザベラは、尊大な態度のまませせら笑うように、
「しょせん作物を荒らす害獣じゃありませんか・・・」
そう言い終わらないうちに恐ろしいことが起きました。
イザベラは突然顔面蒼白となり苦悶の表情で喉を掻きむしりだしたのです。
獣が唸るような呻き声を上げながら足元から崩れ落ちる正妃イザベラを見て、その場が騒然となりました。
夫人たちは危険に遭遇した小動物のように1ヵ所に集まり怯えてい、王子は「誰か医者を!」と叫んだきり棒立ちになっていました。
そうした中で唯一、人とは思えないぐらい冷静な態度だったのは小夜子でした。
彼女は、毒で息も絶えだえにもがき苦しんでいるイザベラの傍らにしゃがみ込んで、まるで臨終に立ち会う医師のように正妃の顔を見ていたのです。
イザベラの恐怖に見開かれた瞳の中で、おかっぱ頭の少女のような小夜子の顔が静かに笑みを湛えています。
「・・・は・・・謀ったな、小夜子お・・・・!!」
「あなたは、こういうときも目を剥いてお話しになるのですね・・・」
と、イザベラの興奮したときに目を剥く癖を揶揄しました。
「・・・ワラビ姫を追放した・・・私を怨んでのことか・・・・!」
「関係ありません。
ワラビ姫は、みずから王城を出たのです。分別のある子でしたから・・・。
それにしても、
あなたは“何も知られていない”と思っていたのですか?」
「・・・・!」
「私の“忍び”たちによって、あなたの隠された行状はすべて知られているのに・・・・」
イザベラの茶器だけに毒を入れたのも“忍び”の技だったようです。
ちなみに誤解のないように断っておきますが、“忍び”と悪魔(ベリアル)とは次元の違う存在です。
小夜子は、苦悶の表情で自分を凝視するイザベラの顔を見据えたまま、
「閻魔様によろしく、イザベラ・・・」
と、言うと、イザベラはカッと見開いた目から涙を溢れさせ、ついに事切れてしまいました。
そこへ、緊急事態を聞きつけた国王アレキサンダー・ミームが数名の従者とともに現れ、
「これは、なんとしたことじゃ!」
と、まだその場にしゃがみ込んだままの小夜子に。
「汝の仕業か、小夜子・・・・!?」
「はい・・・」
小夜子は、下から国王を仰ぎ見て一点の曇りなき眼(まなこ)でそう答えました。
そこへ、二人の王子たち(ジェラルドとアラン)が駆けつけてきて、
「母上・・・!」と、すでに絶命しているイザベラの姿に驚いていました。
「・・・どういうことだ、小夜子。 わけを聞かせてくれ・・・」
小夜子は、落ち着き払った様子で、
「間もなく明かされますゆえ、しばしお待ちを・・・・」
「なに?」
もし感情や意見の対立がもとで正妃を他の夫人が殺めたとすれば、最高刑に値する重罪となります。
しかし小夜子という女性は、いくら愛する娘や動物たちのためとはいえ、その加害者の命までを奪おうとするようなタイプとは思えません・・・・。
悪魔との契約によって正妃イザベラ・ミームを亡き者にした第2夫人小夜子・ミームに、果たしてどんな運命が待っているのでしょうか?
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