第8話 くみさん編 その2

27年前のあの日・・・・。

くみさんの元夫ジョセフ・スキルスは、他国の軍学校を首席で卒業したエリートで、父親も祖父も将軍にまで登り詰めたという生粋のサラブレッドです。

彼女とは従兄弟の関係にあり、当時ジョセフは23歳でした。

軍内部での異例の大抜擢で卒業後すぐに少佐を拝命することとなったジョセフ。一族の新たな誇りを祝福するため、スキルス家を訪問したくみさんにそれは起こりました・・・・。


その事実は、ある意味ではごく普通の出来事でしたが別の意味では紛れもない犯罪行為でした。

いずれにしろ、くみさんにとっては人として許し難い忌まわしい行いであったことは確かだったのです。

23歳にして威風堂々たる体躯と面構えのジョセフの肌の色は炭のように黒く、雪のように白く儚げなくみさんの容姿とは対照的でした。

ジョセフの部屋に、一人で花束を持って入室した彼女を待っていたのは、信じられない暴虐の嵐だったのです。

ジョセフは以前からくみさんを狙っていました。そうして女性を我がものにすることはスキルス家の伝統だったのです。

しかし、ミーム王国に生まれ育った彼女にとって、それは青天の霹靂であり、好意も何もない黒い怪物に凌辱される苦痛と恐怖と嫌悪感しか残らない出来事でした。


たいした家柄でもなかったくみさんの親族は、そのことを喜んで受け入れました・・・・。

彼女は身籠り出産させられ、ジョセフと結婚までさせられてしまいました。


「なんで、そんな奴と結婚なんか・・・・」

「親族には逆らえなかったんです。

そうすることが正しいことなんだって言い聞かされて・・・・・」

「・・・・」


それ以来、夜毎続くジョセフからの性的虐待によって、ついに彼女の心は壊れてしまったのです。

くみさんの崩壊した理性は、心の中の邪悪な魔女(アウローラ)の出現を許すこととなり、彼女は無残な快楽の虜と成り果てたのでした・・・・。

街に出ては見知らぬゾンビと悦楽を供にし、森をさ迷いながら獣のようなゾンビに体を与える日々。

そんな行状は、やがて双方の親族の知るところとなり、くみさんは、隔離施設に強制入院させられてしまいます。子供からも引き離され離婚させられ、スキルス家からも追い出された彼女は、とうとう一人ぼっちになってしまいました。


「元旦那が憎くないのですか・・・・?」

狩人は、背中の銀色の剣を意識しながら言いました。

しかし、それに対する答えは意外なものだったのです。

「いいえ・・・あの方と子供には幸せになってくれればいいと思っています」

「・・・・」


この悲劇の原因をつくった元凶であるジョセフは子供と何一つ不自由のない生活を送る中、27歳になった元妻であるくみさんは、最後の悲惨極まる不幸な出来事に遭遇します。

ある日、列車の発着するホームに立っていた彼女は、“おまえの体は穢れている・・・だから命を絶ちなさい”という幻聴に導かれるように、走ってくる列車に飛び込んだのです・・・・。

列車が急ブレーキをかけるけたたましい音。大人たちの悲鳴や怒号。線路の間に挟まり異様に変形して動かなくなった人体。敷石の上に流れ落ちる鮮血・・・・・。


生きているのが不思議なぐらいの大怪我を負ったくみさんの体には、肉体を縫い合わせた後に残る醜い傷痕が目を覆いたくなるほどにありました。

面接の部屋で、それを目の当たりにした狩人は、絶句してしまいます。


この仕事は無理だ・・・・・。

そう思った理由は、彼女の体では、タチの悪いゾンビに弄(もてあそ)ばれるのが関の山で、それはけして仕事と呼び得るものではありえないからです。


しかし、狩人は彼女をそのまま返すのは、あまりにも切ないと感じました。

「ゾンビの接客は無理だけど、他の仕事をしてもらいましょう」

「でも、さっき、お手伝いさんはいらないと・・・」

「いや、そうじゃなくて・・・」

とりあえず、くみさんには泊まる部屋を用意してあげることにしました。

あんな話を聞いてこのまま返すわけには絶対にいかない!それは自分の人生を否定することになるからだ!心の中でそう叫んでいました。

空いている部屋の扉の向こうに、何となくぎごちない様子で入っていく彼女を見送り、狩人は、最初に自分が言ってしまったことを物凄く後悔していました。

あんなことを言わなければよかった・・・・と。

その真っ黒な後悔と不安は、次の日には現実のものとなっていたのです。

くみさんの姿は、宿の中にも周囲の森の中にも、もうどこにもありませんでした。

狩人は、気が狂ったように探し回りました。くみさんの名前を大声で呼びながら・・・・。


その日以来、ミームの森をパトロールするのが彼の日課になったのです。


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