第41話 神斬 幽之助
床に転がり、外科医時代の記憶と獣の衝動に引き裂かれる米沢涼子。その微かな理性の光が、彼女の「復讐の完遂」を阻む、という皮肉な状況。
その涼子を見下ろす男は、銃口を向けたまま、その名を静かに、しかし冷酷に口にした。
「残念だが、その『記憶』もまもなく**『削除』される。腹黒賢室長の命令は、『完全な抹消』**だ。私は、そのための道具。神斬
神斬 幽之助。
彼は、腹黒賢が直々に育て上げた、感情を持たない**「最終監査の執行者」。その名の通り、「神の領域」に踏み込み、「不必要なもの」を精密に切り捨てることを使命としていた。彼にとって、涼子の「正義の記憶」は、システムの作動を妨げる「バグ」**でしかなかった。
「お前が**『命を繋ぐ合理性』を信じた外科医だったことは、情報として知っている。しかし、お前は自ら『復讐』という名の非合理的な道を選び、我々の『合理的なシステム』に牙を剥いた。その結果が、今の『汚染された生ける屍』**だ」
神斬は、銃の安全装置を解除した。彼にとって、目の前の涼子は、もはや人間ではない。感情的な配慮は不要な、**「廃棄物」**だった。
その時、神斬の背後、メインホールへと続く扉の陰から、身震いする怨藤憲一が、怯えながらも声を上げた。
「幽之助! 待て! そいつを殺すな! こいつは…こいつは、米沢拷希の妹だ! 伊根満開の件…俺は全て話す! だから、俺の命だけは…!」
怨藤は、ゾンビ化した涼子よりも、全てを抹消しようとする神斬幽之助の冷酷さに、より深い恐怖を感じていた。彼は、涼子の口からではなく、自らの口から「情報」を提示することで、**「システムの役に立つ」**と認められ、命を助けてもらおうと足掻いたのだ。
神斬は、怨藤に一瞥もくれず、淡々と答える。
「必要ない。お前の情報も、米沢拷希の死の経緯も、腹黒賢室長の命令の下、全て**『証拠ごと』**抹消リストに入っている。お前は、この爆破で死ぬはずだった。運命に逆らうな、エラー」
神斬の言葉は、怨藤を絶望の淵に突き落とした。彼の命も、最初から「合理的なゴミ」として処理される運命にあったのだ。
「そんな…! 俺は…俺はただ…」
怨藤の叫びは、涼子の身体から再び溢れ出た獣の咆哮によって、かき消された。
「グアアアアアァ!」
涼子は、床を蹴り、驚異的な跳躍力で神斬へと再び襲いかかった。今度は、外科医の記憶による躊躇はなかった。彼女の体内に残された最後の理性の断片は、**「復讐」という名の、最も強い「非合理な衝動」**によって、完全に押し潰されたのだ。
神斬は、冷静に銃を構えたまま、涼子の心臓、あるいは頭部を狙う。
「さあ、デリートの時間だ、米沢涼子」
この瞬間、結婚式場は、「悪の合理性」を体現する神斬幽之助と、「非合理的な復讐の獣」と化した米沢涼子の、血まみれの最終決戦の場となった。
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