第32話 橋が!

 日本海に面した琴引浜。波の音が、ボーガン刀と二丁拳銃の金属音に混じり、耳をつんざく。

​米沢涼子は、冷徹な復讐心に駆られ、妖瀬はるかの放つ銃弾を、驚異的な身体能力と予測で回避し続けていた。黒いタクティカルスーツには、すでに数箇所の被弾の跡があるが、彼女の瞳の炎は消えていない。

​「兄の死は、お前たち『悪の合理』の決定的な敗北の引き金だ!」

​ 涼子は、砂浜を一気に駆け抜け、岩場を蹴って跳躍。ボーガン刀の刃を、妖瀬の眼前まで突きつける。

​ 妖瀬はるかは、薄ら笑いを浮かべたまま、後方に跳び退り、両手の銃をクロスさせて涼子の突きをガードした。

​「吠えるな、復讐者! お前のその『復讐心』も、腹黒賢様の計画の内だ! お前を追い詰めるための、完璧な**『非合理的な餌』**だったのさ!」

​ 妖瀬の言葉が、涼子の復讐心をさらに深く抉る。兄の死さえも、あの冷酷な戦略家の計算の内だったというのか。

​ 涼子は、激情に駆られ、さらに深く刀を押し込んだ。

​ その瞬間、遠くから轟音が響き渡った。

​ ドォォォォォン!

​ 波の音、銃声、全てを飲み込むような重低音。同時に、海岸線に沿って走る、一本の古い橋が、異常な光を放つのを、二人は見た。

​ 夜の闇の中、橋のたもとに、巨大な軍用車両が停車していた。その車体の上部には、驚くべきことに、巨大なガトリング砲が据え付けられていたのだ。そして、その砲身が、ゆっくりと、琴引浜全体を舐めるように旋回を始めた。

​「なっ…なんだ、あれは…!?」

​ 妖瀬はるかの顔から、余裕の笑みが消え失せた。

​ガトリング砲の照準器を覗くのは、末端の実行者の一人、**怨藤 憲一**だった。

 彼は、頬を痙攣させながら、涼子の兄、拷希の死に直接関わったことを示唆する男だ。彼は、血吹雪ジュンと同じく、組織から「邪魔者」として排除されるのを恐れ、このガトリング砲を奪い、暴走していたのだ。

​ 怨藤の叫びが、スピーカーを通じて浜辺に響き渡る。

​「くそったれ! 腹黒賢め! 俺たちを『エラー』として消そうとするなら、このガトリングで、全てを消し飛ばしてやる!」

​ 怨藤の瞳は、狂気に満ちていた。彼のターゲットは、涼子や妖瀬だけではない。彼は、自分を追い詰めた全ての存在、そして、証拠を知る全ての人間を抹殺しようとしていた。

​「米沢涼子! お前の兄貴を始末したのは、俺たちだ! そして、お前もここで死ね! 誰も、俺をエラーにはできねぇ!」

​ ズドドドドドドドドド!!

​ ガトリング砲が、地獄の唸りを上げた。

​ 凄まじい発射音と共に、機関砲弾の雨が、橋から浜辺に向かって降り注ぐ。銃弾は、砂浜を抉り、岩を砕き、凄まじい勢いで、涼子と妖瀬を襲った。

​「馬鹿なっ…! 怨藤の奴、頭が狂ったのか!」

​ 妖瀬はるかは、戦いを中断し、岩陰へと飛び込んだ。彼女の二丁拳銃では、この圧倒的な暴力に対抗する術はない。

​ 涼子は、ガトリング砲の容赦ない攻撃の中、兄の携帯に残されていた怨藤の番号と、この暴発が、兄の死の真相に繋がっていることを悟った。

​「怨藤憲一…! 貴様が、兄を!」

​ 彼女は、ボーガン刀を構えたまま、ガトリング砲弾の隙間を縫って、橋の下のコンクリートの柱へと向かって、全力疾走を始めた。復讐の標的が、今、姿を現したのだ。

​「逃げるな、復讐者!」

​ 妖瀬はるかは、岩陰から二丁拳銃で牽制射撃を行うが、ガトリング砲の弾幕が激しすぎる。

​ 涼子の目標は、橋を支える柱を足場にし、一気にガトリング砲の射程圏外へ、あるいは、怨藤のもとへと接近すること。

​ ダダダダダダダッ!

​ 橋は、ガトリング砲弾の直撃を受け、激しく揺れ始める。コンクリートと鉄骨が爆ぜる中、涼子は、兄の復讐を果たすため、狂気のガトリング砲へと、命を懸けて突進していく。

​ この橋は、怨藤の暴走によって、今にも崩壊しようとしていた。

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