第27話 秩序を乱すエラー
京都市内の雑踏を避けた古い旅館の一室。
米沢涼子は、兄・拷希の死を知らされた。
情報をもたらしたのは、拷希が加入していた合同労働組合の書記長だった。彼は、与謝野の警察から連絡を受け、すぐに京都まで涼子を追ってきてくれたのだ。
旅館の薄暗い六畳間で、涼子は膝から崩れ落ちていた。目の前には、兄の死を伝える、簡潔なニュース記事のコピーと、濡れたまま回収された兄の私物リスト。その中に、見覚えのあるものが混じっていた。
「伊根満開…」
赤米で醸された、あの淡いピンク色の日本酒の瓶の、ラベルの一部が切り取られていた。それは、兄が伊根で、人生の再出発を誓って手に入れたはずの希望の証だった。
書記長は、うつむいたまま、声を絞り出す。
「与謝野の旧家で、何者かと争った痕跡があったそうです。警察は、転落による事故死として処理しようとしていますが…我々には確信があります。これは、派遣会社の報復だ」
涼子の体から、全ての感情が失せたように、静寂が訪れた。彼女の目からは、涙さえも出なかった。ただ、全身の血が、マグマのように煮えたぎっているのを感じた。
兄・拷希は、ただ給与の理不尽に抗っただけだった。自分の人生の舵を取り戻そうとした、たったそれだけのことだ。それを、あの派遣会社と、その裏の組織は、「秩序を乱すエラー」として、排除した。
「腹黒賢…!」
涼子の脳裏に、あの戦略監査室長の冷酷な言葉が蘇る。
「ここで無駄な抵抗を試み、その結果、『君の愛する者全てを、私の汚い策略で蝕まれる、最も苦痛に満ちた死』を選ぶ」
兄の死は、腹黒賢の**「汚い策略」**の結果だったのか。それとも、末たか子や、怨藤憲一といった、末端の実行者たちの暴走の結果なのか。どちらにせよ、兄は、彼女の戦いの代償として、命を奪われた。
涼子は立ち上がった。その顔は、冷たい怒りで凍りつき、まるで別の人間になったようだった。
「書記長さん」
彼女の声は低く、そして鋭かった。
「兄の遺体は、私が引き取ります。そして、彼の死を『事故』で終わらせるつもりはありません」
涼子は、兄の遺品から、びしょ濡れになった「伊根満開」のラベルの破片を拾い上げ、強く握りしめた。
「彼らが、兄の死を『無意味』にしようとするなら、私は、この命を賭けて、そのシステムを根底から破壊する。**兄の死は、私の『非合理的な正義感』を、最も『合理的な復讐心』**に変えた」
彼女の瞳に、新たな、そして決定的な決意の炎が燃え上がった。京都の闇に身を隠していた涼子は、もう迷わない。彼女の戦いは、今、**「正義の達成」から「血の復讐」**へと、その性質を変えたのだ。
手にしたボーガン刀の冷たさが、彼女の復讐心をさらに研ぎ澄ませる。彼女の次の標的は、兄を死に追いやった全ての存在だ。
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