14
朝、起きると不在着信が五件も着てた。まだ七時なんやけど、誰や?
隣りのベッドでムーランとギャレットを抱いて寝てるルノは、気持ちよさそうにすやすや言うてる。
昨日、オレの事めちゃくちゃ笑いまくって、寝るまでずっとからかわれてんけど。酷くない? そこまで笑わんでもええと思うんやけど。
日本人やったら気になるやろ? 金髪の人は下も金髪なんかどうか、見た事ないんやから。そりゃオレも、ヴィヴィアンに言われるまでは考えもせぇへんかったよ。そりゃ、金髪ちゃうかなとは思った。だってまつ毛も金色なんやから。
でもチリチリかどうかなんて、流石に見やんな分からんやんか。ヴィヴィアンはめちゃくちゃ真面目な顔して言うから、オレも流石に気になってもたんよ。
ヴィヴィアンは結構昔から気になってたらしくて、クラリスにこっそり訊いた事があるらしい。そしたら笑われて内緒って言われたんやって。だからずっと気になってたって、めちゃくちゃアホな事を真面目な顔して言うんよ。そんなん言われたら気になってまうやんか!
俺は不在着信を確認した。
全部ヴィヴィアンや。
まだ朝早いけど、ヴィヴィアンやったら起きてるやろ。ヴィヴィアンに早速報告したろ。
電話を鳴らすと、すぐに出た。
「ダンテ? 大丈夫か?」
「おはよう、ヴィヴィアン。大丈夫やで」
「心配したんやから。昨日どうしたん?」
「疲れて九時には寝てもた」
横で気持ちよさそうに、クマさんにくっついてるルノを見た。布団からクマの頭が出てて、マヌケな顔がこっち向いてた。
「そうそう、ルノの下の毛、金髪やったで」
「マジで?」
なんでヴィヴィアンは朝からそんなに嬉しそうなんや? ルノにあんなに笑われたんやけど、ヴィヴィアンやったら笑われても平気で訊きそうな気がする。
俺はそんな事を考えながら、ヴィヴィアンに言うた。
「オレ、ルノにめちゃくちゃ笑われてんけど」
「なんで?」
「オレがそんなアホな事言うと思わんかったって」
そしたらヴィヴィアンにまで笑われた。酷いやんか。言い出しっぺはヴィヴィアンやのに。
「それでどうやった? チリチリやった?」
「うん、チリチリやったで」
一体何の話をしてるんやろ。オレはそんな事を考えながら電話に向かって言うた。
「そうか、見たいなぁ」
ヴィヴィアンは自分が見るまで気になり続けるんやろな。マジで純粋に興味本位でアホな事を言い続ける気がする。観光地の温泉に通いまくったら見られそうやけどな。
でもクラリスはなんで教えへんかったんやろ? 恥ずかしかったとか? それくらい話してあげてもええのに。仲良しやったんやったら教えてあげてもええと思うんやけどな。別に色の話な訳やん。あとチリチリかどうかって、たったそれだけのアホな会話な訳で、隠すほどの事ちゃうと思うんやけどな。
オレはそんな事を考えながら、チリチリの金髪やったルノを眺めた。オレの気も知らんと幸せそうな顔しとる。
「そうかそうか。ダンテもルノも元気そうでよかったわ。今日も頑張ってな。なんかあったら電話してや」
ヴィヴィアンは楽しそうにそう言うと、電話を切った。
よし、眠いけどルノを起こさんな。ご飯食べて移動する準備せなあかん。
オレは立ち上がると、すぐ横のベッドに座った。
「ルノ。朝やで、起きて」
「嫌や。眠いから起きたくない」
肩を揺さ振って、頑張って考える。
「東京支部でルノのちん毛が金髪やった事について語ってもええんやで」
「好きにしぃや。ダンテが笑われるだけやで」
あかんか。こんなアホな事、ホンマに言いふらす訳ないやんか。恥ずかしい。仮にそれが大阪支部やったとしてもせぇへん。
オレはそんな事を考えながら布団を引っぺがした。持ってたiPhoneをルノに向ける。
「ヴィヴィアンが見たいって言うてたから、写真撮んで」
「写真って?」
「そんなもん股間に決まってるやんか」
オレはそう言うと、ルノの可愛いイチゴ柄のパンツに手を掛けた。これ、誰が買ってきたんや? えらい可愛らしいの使ってる。ルノって、こんな趣味してたんか?
「ちょっと待って、それは無理。マジで言うてんの?」
「ヴィヴィアンは見たいって」
「そんなもんあかんに決まってるやんか」
「じゃあ起きて」
ルノはすっと起き上がると、パンツを引っ張り上げた。ついでにはだけたバスローブもきれいに整える。可愛いイチゴ柄は見えへんようになった。
「ご飯食べに行こう」
「分かったからもうやめて」
ルノって、やっぱりアホなんかな? する訳ないのに。ちょっとおもろい。大阪に帰ったらジャンヌちゃんに話したろ。
そんな事を考えてたら、ルノは自分の使ってた布団にきちんとムーランを寝かせた。ギャレットは当然持って行くらしい。ボディバッグにきちんとしまうと、それをちゃんと斜めに下げた。
どうせ、ホテルについてた朝ご飯のビュッフェなんやけどな。そんなに凄い物が出てくる訳やないと思うんよ。ジェームスはこういうホテルのやつはショボいって言うてたし、ヴィヴィアンもそこまで美味しいやつはあんまりないって言うてた。
でもルノは朝から食べる気満々や。
「そんなに食べんの?」
「だってお昼、あんなところで食べたくないやんか」
ルノはそうかもしれんけど、オレは別にええよ。その辺でカップラーメン買ってくるつもりやから。なんか昨日の話じゃ、ご飯作れるような環境やなかったみたいやし。オレは別に、あそこでカップラーメン食べるだけやったら平気やで。
そう言えば昨日、ルノが言うてたキャファールとかコッコローチってなんやろ。
なんとなく、持ってたからiPhoneでささっとググってみた。なんや、ただのゴキブリやんか。あそこでゴキブリ出たんか。それであんなに大袈裟なくらい騒いでたんかな?
まあええや。今日も元気そうやから、ルノと一緒にご飯食べに行こう。どんなんでてくるんか、ちょっとだけ楽しみや。ホテル、初めてなんやもん。
歩いて一階の食堂みたいなところに行くと、もう人でいっぱいやった。でも座るところはいっぱいあるみたい。二人やったら余裕そうや。
ルノは嬉しそうにご飯を選びながらお皿に乗せていく。そんなに食べれるんか?ってくらいの量を盛ってる。ここでお昼の分まで食べるつもりって本気みたい。凄いな。
オレはぼんやりしながらそこら辺にあった野菜炒めをたっぷりめに盛り付けて、おしゃれなパンをいくつか持って空いてるテーブルに持って行った。それから紅茶を淹れに行った。いくつか種類があるけど、全然違いが分からんからいい匂いのするやつにした。
戻ってくると、山盛りのご飯をのせたルノが来た。
「お茶ってどこにあんの?」
「あっち。いっぱいあったで」
別にいっぺんにそんなに持って来んでも、後でおかわりに行けばええと思うんやけどな。ルノは野菜とお魚をいっぱい取ってきたみたいや。パンとかお米はない。
ルノが戻ってくんのを待ってたら、ゆりちゃんからラインが来た。ホテルの朝ご飯どんなんって書いてあったから、オレはルノのお盆の写真を撮って送った。食べすぎやろって送ったら、ゆりちゃんもそう思ったみたい。楽しそうに草生やして返してきた。
のんびり紅茶に口をつけたら、びっくりするくらい美味しかった。
何これ、こんな美味しい紅茶初めてなんやけど。一気に目ぇ覚めたわ。美味すぎるやろ、この紅茶。
冷たいお茶を持って戻ってきたルノは、ちょこんと座ると嬉しそうに食べ始めた。
オレは手を合わせてからゆっくり食べ始めた。
美味しくないって聞いてたんやけど、めちゃくちゃ美味しいやん。野菜はどれも新鮮みたいやし、パンはふわふわカリカリ。こんな事やったらルノやないけど、もっとおかずを取ってきたらよかった。
「めっちゃ美味しい」
「ダンテ、この焼き魚最高やぞ」
ルノは嬉しそうにそう言うと、白い魚をフォークで差して笑った。口にどんどん魚と野菜を詰め込んで、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をする。
いつもの寝ぐせがついたままのルノは幸せそうや。おしゃれしててもええけど、オレはこういう普段のルノの方が見慣れてるから、なんとなく安心する。
二人で東京にいてるとか、ホンマは不安いっぱいやってん。でもこうしてるといつもと一緒やから、どうって事ないって思える。今日はこの寝ぐせつけたまんまでいてくれへんかな。オレが不安になるから。
そんな事を考えながら、美味しいパンを食べた。
でも朝ご飯やからかな。あっという間にお腹いっぱいになってもた。これ以上は入りそうにない。ルノはかなり無理してガンガン食べてるみたいやけど、凄いなって思う。そんなにあの食堂でご飯食べたくないんやろか?
紅茶を飲みながらゆっくりしてたら、ルノは小さい焼き鮭を一つ残して全部食べ切った。めちゃくちゃ苦しそうや。
「もう入らん。ダンテ、これ食べへん?」
「じゃあ一つだけもらおっかな」
そんなに美味しいんかな? お箸を持つと、鮭をルノのお皿から自分のところに移した。一口サイズに切り分けてから口に入れる。これ、ルノが言うだけあるわ。最高に美味しい。
ちょっとだけ感動してたら、ルノが言うた。
「迎えって九時なんやろ? 俺、東京タワー行くって言うといて」
「あかんって、ルノも一緒に支部行くんやから」
やっぱりルノは見張っとかんな抜け出して東京タワーに行ってしまいそうや。話せるから困る事もなく、いとも簡単に行ってまいそうな気がする。オレの事は置き去りにしそうでちょっと怖い。
「行きとぅない。あんなとこ、嫌すぎる」
ルノはそう言うと、椅子にもたれて呟いた。
「それにあのマリーって女もちょっとイカレてるし、相手すんのしんどい」
マリーさんって、昨日の女の人の事やろ? おばちゃんやないけど、食堂のおばちゃんやってる人。料理が下手みたいやけど、ルノがイカレてるって言うとか、なんかあったんやろか?
オレはそんな事を考えながら鮭を全部口に入れた。オレももっとおかず取ってきたらよかったなぁ。パンばっかり食べてもた。ジェームスのせいや。美味しくないとか嘘つくから。
「よし、じゃあホテルを出る準備しよ」
ルノにそう言うて、オレはお皿を返すところに持って行った。ついてきたルノが嬉しそうにこっちを見てる。
「東京タワーの次は、あのでっかい方に登んねん」
「それ、オレも連れて行ってぇや」
言うても無駄な気がするけど、オレはルノに言うた。楽しそうに歩くルノは元気いっぱいや。ニコニコしながら幸せそうや。エレベータに乗り込んでボタンを押す。
「掃除なんか、俺がおらんでも出来るやろ」
「でも仕事なんやで?」
「嫌や。あんなキャファールのおるところ、絶対無理」
確かにそうかもしれん。ゴキブリのおるところの掃除とか、ルノにさせんのは可哀想やと思う。きっと泣き叫んで、何の役にも立たへんと思うんよ。
ジェームスはなんで、あの支部長さんに言わんかったんやろ? ジェームスかて東京支部に行った事はある筈やで。あそこの掃除させられるって知ってたんやったら、はじめから虫が無理ですって言うてるもんやとばっかり思ってた。
ちょっと変やなとおもいながら、オレは部屋のドアを開けた。
昨日ぐしゃぐしゃにしたままの服を畳んで袋に詰める。着替えの服を適当に出すと、それと交換に袋を詰めて、スーツケースのふたを閉めた。
忘れ物も特になさそうや。昨日は疲れすぎて、速攻寝たもん。パンツを出した以外には何もやってない。ルノはごそごそ何かやってるけど、よぅ分からん。
それからゆっくり着替えを始めた。
持ってきたセーターを着るとジーパンを履く。靴下を履いたら、髪の毛を軽く梳いて完成や。ジェームスにはいつも通りでええって言われてるし、これでええやろ。
iPhoneの充電器を回収してたら、ルノが言うた。
「ダンテ、ここ座りぃや」
「なんで?」
「ええから」
言われるまま、ルノの方のベッドに座ったら、ルノはオレの後ろでごそごそ何かを始めた。髪の毛をなんかめちゃくちゃいじられてるみたい。
「何してんの?」
「セットしてる」
髪の毛なんか、別にこのままでええと思うんやけどな。ルノは楽しそうにわさわさ両手で触ると、よしって言うた。後ろを向くと、ニコニコしたルノが、小さい箱みたいなんを持って笑ってた。
「鏡見てみ。カッコよくなったで」
言われるまま、洗面所まで行った。
一瞬で何したんか分からんけど、めちゃくちゃ大人っぽくなったオレが鏡に写ってた。
「何したん?」
「ワックスで軽くいじっただけや」
ルノはニコニコしながらこっちを見てる。
そういうルノもいつもよりおしゃれな頭してる気がする。凄いな。オレ、こういうの全然出来ひんからホンマにそう思う。ヴィヴィアンの真似して遊んでて、一回髪の毛焦がしたで。しかも手をやけどした。もう二度と触らへんって心に誓ったもん。
手を洗いながら、ルノは楽しそうや。
ヴィヴィアンもこういうの持ってるけど、べたべたするし使い方分からんから使った事ない。たまにジェームスが使ってるらしいって聞いた事あるけど、こんなふうに使うんやな。
そのうち、ヴィヴィアンに使い方聞いてみよ。
ルノは小さい入れ物をスーツケースにしまうと、寂しそうな顔をしながらムーランをスーツケースに寝かせて入れた。
「ごめんやで、また後で出したるからな」
真剣にそんな事言うてるのがちょっとおもろい。ルノらしいって言えばそうなんやけど。ルノにとってはただのクマさんやないって事やろ。
オレはそんなルノの事を見てから、時計を見た。もうあと二十分で九時や。急いで出やんな。ジェームスからもらったコートを羽織ると、ルノに言うた。
「ルノ、急いで。もうすぐやから」
まあルノは準備万端みたいやけど。コートもすでに着てるし、忘れ物とかも全然なさそう。スーツケースを閉めたらすぐ出られそうや。
「まだ時間あるやん」
「待たせたらあかんから」
そしたらルノは大人しくスーツケースを閉めてチャックをした。それからボディバッグを下げると、辺りを見回した。
「行こか」
最後に念のため、部屋の中を一周確認してからスーツケースを引っ張って部屋を出た。
二人で歩いて受付まで行くと、カウンターの人にカードキーを渡して、チェックアウトしたいって言うた。割と簡単に出られそうや。カードキーを返すだけでええみたい。ラッキーやった。
外に出たら寒いから、オレは時計を確認した。十分前に外に出よう。朝の寒い空気に十五分も耐えたくない。でもすぐ来はると思うし、早めにチェックアウトしてよかった。
ルノはウェルカムドリンクって書いてるところから、コーヒーを二杯淹れて戻ってきた。
「砂糖とミルク入れてきたで」
「ありがとう」
二人でコーヒーを飲みながらソファに座ってたら、なんか眠たくなってきた。
あかんのは分かってるんやけど、やっぱり昨日はいろいろありすぎて疲れてん。朝もバタバタしたし、ルノは元気そうやけど体力のないオレには無理。今日も頑張れるか自信ない。
ぼうっとしてたら、声が聞こえてきた。
「お二人さん、おはよう」
慌てて立ち上がると、昨日と同じ優しい顔したアルベルト支部長がこっちを見下ろしてニコニコしてた。
「すみません、お待たせしましたか? おはようございます」
オレはそう謝ると、立ち上がった。
「気にしなくていいよ。早くついただけだから」
わざわざ呼びに来てくれたらしい。ちょっと申し訳ない事をしてしまった。出てた方がよかったかな? オレは飲みかけのコーヒーを持ったまま、ルノを見た。
ルノは座ったまま、支部長を見てニコニコしてる。
「おはよう。俺、東京タワー行ってくる」
「まあ待ってよ。寮にスーツケースだけでも置きに行かない?」
この人上手やな。確かにスーツケースを持ったまま観光とかしんどいやろ。荷物はない方がええに決まってる。スーツケースを置きに行くって言うのは事実やし、そのままルノを見張っとける。賢い。
「そういう事やったら行こかな」
ルノはそう言うと、大人しく立ち上がった。
ホテルを出ると、めちゃくちゃ寒かった。冷え切った空気で凍えそうや。熱いコーヒーであったまるしかない。朝はやっぱり冷えるな。
ルノが寒い寒いって言いながら、スーツケースを二つとも車に積んでくれた。
二人で車に乗り込んで、シートベルトを閉めたら支部長さんはこっちを見た。
「じゃあ寮に向かうよ」
「お願いします」
ルノはそんなんお構いなしに外を見て嬉しそうや。
「なあなあ、あれは東京タワーか?」
「東京タワーって小さいんだよ。あれはスカイツリー」
「そうなん? 俺登んの楽しみやねん」
ルノは嬉しそうに外を見てる。こっちを向くと言うた。
「ダンテ、凄いデカいで」
「そうやな」
ルノはなんで今日もこんなに元気なんや?
オレは疲れ切って眠たい。今すぐ布団にもぐって二度寝したい気分や。眠すぎてヤバいから、持ってきたコーヒーをすすった。カフェイン、早よ効かへんかな?
そう言えばルノに朝の薬飲ませたっけ? 思い出されへん。
「ルノ、薬飲んだ?」
「飲んでない。いらんやろ」
「ごめん忘れてた」
オレは自分の紙コップをルノに持たせると、リュックの中からルノの薬を出した。
こっちに変えてからルノの食欲も戻ったし、元気そうや。過呼吸もだいぶ減った気がする。それでもルノはこの薬を飲みたくないみたいや。
一錠出すと、それをルノに渡した。
「えー。飲むの?」
「飲んで、今すぐ」
そう言うと、ルノは大人しく薬を口に入れた。コーヒーで飲みこむと、こっちを見る。文句大有りみたいな顔してるけど、大人しく飲んでくれたからええや。
オレは自分のコーヒーを返してもらうと、支部長さんに言うた。
「失礼しました」
「気にしないで。ルノくんはお薬飲んでるの?」
「過呼吸の薬なんです」
もしゃもしゃの髪の毛が揺れてる。優しそうな声や。
「そっか。昨日ジェームスに確認したら、結構酷いって聞いたよ。大変だね」
「そう思うんやったら、あの食堂にはキャファールの専門業者を呼んでくれ」
ルノは全然掃除する気なさそうや。
多少はどうしようもないと思う。昨日はよく過呼吸起こさんかったな。起こす間もなく飛んできて、支部長さんに大声で文句言うてたもん。平気やった訳やないから、あんなに怒鳴り散らしてたんやと思うけど。
隣りでコーヒーを飲みながら、ルノは外を見てばっかりや。そんなに物珍しい訳でもないと思うんやけどな。大阪と似たり寄ったりの繁華街にしか見えへん。
「あの建物の中には外部の業者なんて呼べないんだよ。そのかわり、今日は仕事のない人全員を昼から食堂に集めたよ。我慢してくれない?」
この人、ホンマに凄いと思う。
確かにあの食堂、ルノと女の人の二人じゃ何時間やっても終わりそうもなかった。半月くらいかけてゆっくりやるつもりなんかと思ってた。
でもだからって、やる事早すぎるやろ。流石としか言いようがない。あのアホバカゴリラとは大違いや。
「それやったら俺いらんやん。東京タワーに行かしてくれてもええやんか」
「誰かが指示を出してくれなくちゃ困るよ。美味しいお寿司屋さんに連れて行ってあげるからさ、手伝ってくれない?」
「どんなとこ?」
「お皿がくるくる回るんだよ」
回転寿司やんか。確かに美味しいけど、そんな高級店ちゃうで。でも確かにルノとそんなところに行った事はない。フランスにも絶対ないと思う。ルノは気になるんちゃうやろか。
横を見ると、ルノが嬉しそうな顔をしてた。キラキラした目で運転席の方を見てる。
「何それ、どんなん?」
「好きなお寿司を、回ってるところから選ぶんだよ」
嬉しそうな顔をしたルノが、こっちを向いた。
「ダンテは行った事あるん?」
「一回だけ」
ジェームスもヴィヴィアンも、めちゃくちゃいっぱい食べるから楽しかったなぁ。懐かしい。お皿いっぱい積んで、あれはあれでええなって思ったの覚えてる。
ルノは嬉しそうな顔をしながら前を見た。
「そういう事やったらやってもいいで。でも俺、台所の中は入らへんからな」
「それでいいよ。ありがとう」
きっと昨日、いろいろ考えたんやと思う。ルノが知らんようなもので、外国人やったら喜びそうなのは何かって。それで思いついたんが回転寿司やったんやと思う。
やっぱりこの支部長さん、賢いと思うわ。
オレはそんな事を考えながら、ちょっとだけ笑った。
寮の部屋はめちゃくちゃきれいやった。
ホテルみたいなきれいさで、バスタオルとかもちゃんとそろってた。使い捨ての歯ブラシとか、お皿なんかもちゃんとあってん。おしゃれできれいな部屋やった。しかもそこそこ広い。
ルノはスーツケースを開けると、真っ先にムーランを出して、枕の上に座らせてた。きちんと座って枕の上にいてるムーランはちょっと笑えた。
荷解きって程の荷物もないから、オレは服を棚に分けて置いたらそれで終わり。パソコンと充電器だけ置いたら、斜め掛けのバッグを出して、そこにお財布と薬と飴ちゃんを入れた。やる事なんかもうない。
ルノはもっと酷い。
スーツケースをそのまま使うみたいで、チャック開けて終わりや。ムーランだけ布団に寝かせておしまい。
凄い事にほんの数分歩いたら東京支部や。そしてここに、東京支部の工作員は全員住んでる。他の所属してるメンバーもほぼ全員住んでるらしいから、めちゃくちゃ安心や。何かあったら誰かが飛んで来てくれそう。
こんなに近いんやったら仮眠室いらんくない? でも昨日案内してもらった時には、そこそこ大き目のスペースがあって、そこ全部が仮眠室って言うてた。大阪支部よりずっといっぱいあるように見えたで。
昼からって言われてるけど、片付けも終わってもた。何もやる事がない。
「どうする? 夕飯探しに行く?」
「ついでに散歩しようや。俺、散歩したい」
やっぱり元気いっぱいのルノは、持ってきた自分で作った白いマフラーを首に巻き付けると嬉しそうに言うた。
オレは斜め掛けを下げると、分かったって返事して立ち上がった。
お茶とか作るやつもあった。お茶っぱだけ買ってきたら、ここで何にも困らへんと思う。そういうの、二人で買い出しに行こう。ないと困るし。ついでに夕ご飯とか朝ご飯とかも必要や。カップラーメン買い溜めしとこう。ティファールあったし、それで十分ご飯食べれるやろ。
二人で家を出ると、近所のスーパーまで歩いた。
駅の前にショッピングモールがあって、そこに行けばなんでも買えるって聞いてん。でっかいからすぐ分かるって言われたし、大丈夫やと思う。
ルノと一緒に歩いてたら、いろんな店が目に入って来た。
居酒屋とかもあるけど、普通の店もいっぱいある。牛丼屋さんとか、ケンタッキーとかもあったから、いざとなったらこういうところで食べてもええかもしれん。そしたら片付けもせんでええし、楽かもしれん。
しばらく歩いたら、デッカイ建物が見えてきた。これがショッピングモールやろか。オレ、こういうところにはあんまり行った事ないから、どうしたらええんか分からん。電気屋くらいしか行かへんねんもん。しゃーないやん。
ルノは全然気にせず中に入って行くと、迷わずスーパーを見つけた。引っ張られて中に入ると、いろんな物が売ってた。かごを持ったルノは、慣れた様子でいろんなものをかごに突っ込んでいく。
「ダンテ、明日は何食べたい?」
「なんでもいい」
「うーん、じゃあサンドイッチ作ろっかな。ハム挟んだら美味しいやろ」
オレ、カップラーメンでええんやけどな。流石はルノや。全部任せた方がええ気がしてきた。何しててええか分からんと立ってたら、ルノに腕を引っ張られる。
「麦茶でええやろ? いちいちお湯沸かすの面倒やし、あれやったら水入れて突っ込むだけや」
「なんでもええよ」
オレはそう返事をすると、ルノの後ろを歩いた。黙ってたらただのイケメンが、大真面目に野菜選んでんねんもん。おばちゃん達の注目の的や。しかもそのイケメン、関西弁なんやもん。目立ってしゃーない。
レタスをぽいっとかごに入れると、ルノはすたすたと歩いて行く。ところどころで立ち止まって、いろんな物をかごに入れる。お菓子コーナーで立ち止まって、オレはルノに言うた。
「なあ、飴ちゃん買おうや」
「チュッパチャップス買う」
ルノは嬉しそうにそう言うと、お菓子コーナーに入ってった。しゃがみこむと、味を確認しながらいくつかかごに入れる。オレはすぐ横に売ってたのど飴を適当にかごに入れた。
すぐ横で小さい子がおもちゃの入ったお菓子の箱を選んでる。オレはこういうの買った事ないから、ちょっと気になる。他にも変わった飴ちゃんとか、いろいろ売ってた。
「ルノ、これ買ってええ?」
オレはミッキーの頭がついたペッツを選ぶと、ルノに訊いた。
「なんでそんなんほしいん?」
「だってオレ、こういうの買った事ないから」
「ええけど、それ食費としては計算せぇへんからな」
ルノにそう言われながら、ペッツをかごに入れた。いっつもコンドルが食べてて、ちょっと羨ましかってん。嬉しい。
これ、持って大阪に帰れるかな? ジェームスとヴィヴィアンに自慢したいんやけど。あかんかったら最悪写真だけ撮るしかない。
いっつも思うけど、ルノって買い物早い。
パパっと済ませると、丁寧に袋に詰めてしまう。オレ、パンとか下に詰めてしまうんやけど、ルノはそういうの全然せぇへんから凄いと思う。テトリスやってるみたいやねん。キレイに詰めたら、それを持ってくれる。流石はおかんやと思う。
まだまだ時間が余ってるけど、疲れてしんどい。布団で寝たくなってきた。
「戻んで」
ルノはそう言うと、来た道を戻り始めた。違う道でもええんやけど、もうマジで疲れた。歩くの嫌や。
「ルノ、ゆっくり歩いてぇや。しんどい」
「でも生もの買ったから急いで」
おかんはそうかもしれんけど、オレはヘロヘロや。これだけ寒いんやから大丈夫やと思うんやけどな。今日はまだこれから仕事あるんやで? 体力的に限界や。そんなに持つか自信なくなってきた。
ちょっとだけペースを落として、ルノはこっちを見た。
「ダンテ、大丈夫か?」
「全然大丈夫ちゃう、疲れた」
「体力ないな。すぐやから頑張れ」
そんなん分かってる。行きも五分くらいやったから、すぐに家やって分かってんねんで。でもしんどい。めっちゃ座りたい。座ってゆっくりしたい気分や。今日の仕事、休めるもんなら休みたい。
ようやく寮の建物が見えてきたところで、オレは肩で息をしながらルノを見た。汗が出て来た。疲れてヤバい。
「ルノ待って。しんどい」
「もうちょっとや、見えてんで」
ルノはそう言うと、オレの手を引っ張って気にせず歩く。
なんでこんなに元気なんや。ルノもオレと同じように大阪から出て来て、なんなら昨日はホームセンターに行ってたって聞いた。オレよりいっぱい歩いた筈やんか。オレは支部の中で施設の説明聞いただけやで。
歩いてたら、クリントが手を振ってるのを見つけた。
「あ、おっちゃんや」
ルノは嬉しそうに笑うとオレから手を放した。ヘロヘロのオレを放置して、寮に向かって走って行く。
「おっちゃんどうしたん?」
「お昼連れてったろと思って。どこ行ってたん?」
「スーパーや」
どうにかこうにかルノの横まで行くと、オレはクリントを見上げた。
「おはよう」
「ヘロヘロやけど、そんなに歩いたん?」
「五分くらいやで。疲れてんて」
ルノはニコニコしながら返事すると、クリントに言うた。
「生もの買ったから置いてくる。ちょっと待ってて」
パタパタ走ってルノは寮の部屋に戻って行く。
なんであんなに元気なんや。
肩で息をしながら、オレはクリントを見た。
「ご飯って、食堂で食べるんちゃうん?」
「そうなんやけど、あの子知らんのちゃう?」
知ったらルノが大騒ぎしそうや。つくまで黙ってやな。多分、その辺の弁当屋で買ってきたやつを食べるだけやのに、一人だけ大騒ぎしそう。
オレはそんな事を考えながら、額の汗を拭いた。
「ルノは何が好きなん?」
「鮭」
「じゃあ鮭弁はルノのやな」
優しいおっちゃんやと思う。クリントはそう言うとニコニコしながらこっちを見た。
「ダンテはどんな弁当が好きや?」
「なんでもええよ」
「お疲れやな。明日はお休みやから、もうちょっと頑張ってな」
そう言われて、ちょっとだけほっとした。明日はお休みやったら思いっきり寝たろ。一歩も外に出たくない。ルノにどっか行きたいってごねられそうやけど。
そうしてたらルノが戻ってきた。ニコニコしながらクリントを見る。
「おっちゃん、お昼何?」
「なんやろな。行くで」
ルノが気付かへんように二人でルノの脇を固めると、おっちゃんはルノに向かって尋ねた。
「いっぱい何買ったん?」
「明日の朝ご飯の材料」
ルノはそう言うと、にっこり笑った。
「夕飯は回るお寿司やで」
「もちろん。連れてったるから頑張ってや」 もしかして二人で作戦立てたんかな? クリントも来るつもりみたいやし、楽しそうにニコニコ笑ってる。
まあクリントがおったら大丈夫やと思うけど、念のためオレはルノの事を気を付けて見てた。
昨日と同じボロボロのビルに向かうと、ルノは不思議そうな顔をした。
「ご飯は?」
「食堂で一緒に弁当食べよう」
クリントはそう言うと、にっこり笑ってルノの顔を覗き込んだ。
途端にルノは真っ青になって、くるっと背中を向けた。逃げようとしてる事に気付いて、オレはすぐさまルノの手を掴んだ。クリントもルノの腕をがっちりつかんでる。
「俺、その辺で食ってくるから」
「まあまあ。おごったるやん」
「ここで食うんやったらいらん」
クリントはそんなルノを引きずりながら、楽しそうに笑った。オレは必要なさそうな力してる。若くないのに、凄いな。
「嫌や。キャファールの巣でとか勘弁してくれ」
「大丈夫やって、な?」
ガタガタ震えてるルノを連れて、支部の中に入るとクリントは玄関ホールを突っ切ってエレベータに乗り込んだ。大変そうやから、オレがボタンを押して、カードキーを押し当てた。
「嫌や。放して、二人して酷すぎる」
すでに乗ってたおじさんが一人、めちゃくちゃ不思議そうにルノの事を見てる。こんなけ騒いでんねんから当たり前や。ルノは泣きそうな顔しながら、首をぶんぶん振ってる。
「悪魔!」
「はっはっは。悪魔で結構」
クリントって、こういう人の相手慣れてんのかな? ヴィヴィアンも似たような事言うて騒いでた事あるけど、ジェームスがおったからな。どうとでもなった。ここにはほとんど工作員もいてへんみたいやし、簡単やない気がする。
「嫌や。あんなところで食べたくない!!」
「昨日バルサンしたから」
「なんやねんそれ。何したってあんなところ無駄や」
とうとう泣き出したけど、クリントはルノから一切手を放さんまま廊下に出た。すぐ目の前の食堂に行くと、今日は人がいっぱいおった。オレとルノの事を見てる。
「ほらほら座って」
「嫌や」
ルノはデッカイ声で文句を言うと、ドアに掴まって入ろうとせぇへんかった。ギャーギャー喚きながら、頭をぶんぶん横に振ってる。ちょっと可哀想になってきた。
「鮭弁当あんで」
クリントはそう言いながら、ルノの手を引っ張る。
「いらん。掃除はするからやめてぇや」
よぅ見たら、大量のお弁当がテーブルに置いてある。誰かがどこかで買ってきたみたい。結構な人数が座ってこっちを見てるから。
「ルノ、深呼吸しようや。大丈夫やから」
「どこが大丈夫やねん。ここはキャファールの巣なんやぞ。そんなところでご飯食える訳ないやんか」
「美味しい鮭のお弁当買うてきたから、な?」
二人で言うてもルノは泣くばっかりで、廊下に出ると、ギャンギャン喚きながら床に座り込んだ。
もう一歩も動きそうにない。ガタガタ震えて、ボロボロ涙をこぼしてる。何を言うても嫌しか言わへん。
「じゃあ食べんでええから、中入ろうや。椅子に座ってるだけでええから」
オレはしゃがむと、ルノに言うた。
「食べろとか言わへん?」
「言わんから」
ようやくちょっと落ち着いたみたい。ルノは立ち上がると、ゆっくりゆっくり食堂の中に入ってきた。まだガタガタ震えてるみたいやけど、とりあえず涙は止まったみたいや。大人しく空いてる椅子にちょこんと座った。
オレはそんなルノの横の椅子にコートを掛けると座った。
どうしよ。せめてとんぷくの薬だけでも飲ませた方がええかな。大人しく飲んでくれたらええんやけど。ルノはちゃんと飲んでくれるやろか。
クリントはルノの前に座ると、笑顔でお弁当を配り始めた。豪華な鮭のお弁当をルノの前に置くと、オレにも豪華なやつをくれた。周りにいてる人らにもどんどん配りながら、楽しそうに笑う。
「みんな、今日の大掃除、よろしく頼むで」
東京の人って、びっくりするくらい反応が薄い。なんでや? はいとかよろしくとかって返してもええのに。なんかしーんとしてる。誰も喋らへんねん。
クリントがニコニコしながら言う。
「そっちの金髪の方がルノで、黒髪はダンテ。みんな仲良ぅしたってや」
やっぱり全然返事が返ってけぇへん。静かすぎる。ほとんどがハッカーやっていうのは見たら分かるけど、もうちょっとくらい意思疎通出来てもええと思うんやけどな。全然喋らへん。
いっそ怖いんやけど。何ここ?
オレは座ったまま、軽く頭を下げた。横で震えたままのルノの方をちらっと見る。ちょっとだけしんどそうにしながら、ボディバッグを触ってる。
「ルノ、薬飲もう」
オレはそう声をかけると、自分のカバンからお昼の薬を出した。ついでに飲ませてしまえ。ルノもその方が楽になる筈や。
そしたらどっからともなく、支部長さんが出てきた。手にお茶のペットボトルを持ってる。オレとルノに一本ずつ渡してくれた。
「これ飲んで」
「ありがとうございます」
オレはルノの手に錠剤を一つ出すと、ルノのカバンを勝手に開けて薬入れを出した。そこから昼のと似たような薬を出す。ルノは大人しく薬を飲み込んだ。それからいそいそと薬入れを片付けると、ビニールのポーチにおさまったギャレットを出して握った。
そうしてると落ち着くみたいやから、そっとしといてあげよう。
支部長さんはクリントの横、オレの正面に座るとお茶のペットボトルを持ち上げた。
「じゃあ始めようか、カンパーイ」
めちゃくちゃテンションの低い東京支部の連中は、同じようにペットボトルを持ち上げると乾杯って小さい声で言うてご飯を食べ始めた。
オレもありがたくお弁当を広げた。
すっごい美味しそうや。ルノも食べたらええのに。もったいない。
そんな事を考えながら、オレは手を合わせると割りばしを割った。
よぅ見たら同じテーブルの隅の方にマッキノンがいてる。不思議そうにルノの事を見てるけど、なんか言う訳でもない。普通に豪華なお弁当を食べてる。
「ダンテは昼からオフィスの方をお願いしていいかな? 気になる事があったら気にせず言ってね」
「はい」
めちゃくちゃ美味しいんやけど。こんな美味しい物ばっかり食っててええんかな? 幸せすぎる。確かにこの食堂ちょっと汚いけど、それ以外は文句なしや。
でもなんで、今日はペットボトルなんやろ? 食堂なんやから、そこでお茶、普通に作ったらええのに。よぅ分からん。
「ルノ、ちょっとくらい食べたら? 美味しいで」
ルノはこっちを向くと首を横に振った。
もくもくと食べてたら、小さい声が聞こえてきた。
「え? あれが十年前に大阪支部に配属されたっていうジャックか?」
「そうだって、マッキノンが言ってただろ?」
「小さくねぇか?」
なるほど。オレの事はみんな知ってるって訳か。そこまでの有名人やとは思ってなかったけど、十年前に大阪支部に閉じ込められた時と同じような話し声が聞こえてくる。あの時はいろいろ分かってなかったけど、今やったら分かる。
オレはそれだけの事をやらかしたんや。当時はそれがどれだけの事なんか、全然分かってなかった。あの支部にいてる人全員がそれくらい出来るんやと思ってたけど、そんな訳ないんよ。しかも、オレがそれをやらかしたのは、ランドセル背負ってた頃や。
目立ちたくなくても目立つみたい。
今更、ちょっとくらい何か言われても全然怖くないけど、ルノは大丈夫やろか? 大阪支部に来てすぐの頃に、マッキノンに怒鳴り散らしたからな。あんな事、ここでもしそうや。流石に来てすぐやっていうのに、あれはやめてほしい。
オレはちらっと横を見た。
一心不乱にポーチを撫でてる。全然聞こえてなさそうやから大丈夫そうや。
今は割と落ち着いてるみたいやけど、やっぱり食欲はないみたい。貧血っていうのも先生から聞いたから、ホンマは食べさせやなあかんねんけど。この状態じゃしゃーないやろ。
「ルノくん、今日は今いるほとんどの人が手伝いしてくれるから安心してね」
ルノはちょっとだけ顔を上げると、支部長さんを見た。
「うん、分かった」
大人しく頷くと、辺りを見回した。ちょっと落ち着いたんか、ボディバッグを外して、椅子に置いた。コートを脱いで椅子の背もたれに掛ける。マフラーはしたままや。ギャレットをテーブルに置くと、ペットボトルを開けてゆっくり飲み始めた。
「お腹すいてないの?」
「朝いっぱい食べたから」
ルノはそう言うと、ふたを閉めてペットボトルを置いた。ギャレットをまた持ち上げると、心臓の辺りにくっつけて片手で撫でる。
クリントがニコニコしながらルノに尋ねた。
「それ、何?」
「ギャレットや」
ルノはそう言うと、クリントにギャレットが見えるように向けた。透明なポーチにキチキチに詰まってるけど、ルノによく似た顔をクリントの方に向けてる。
「可愛いやん。それどないしたん?」
「もらってん」
ちょっとだけ恥ずかしそうな顔をして、ルノはギャレットをまた胸に押し当てて両手で持った。見られんの、一応恥ずかしいんやな。でも持ってなあかんくらいにはしんどいって事か。
オレは支部長さんを見た。
「昼からのお仕事はどなたと一緒にやるんでしょうか?」
「マッキノンとリーランド、工作員のヘイリーだよ。マッキノンは知り合いだよね?」
「はい」
マッキノンは疲れた顔でこっちを見た。その隣りでご飯を食べてるのがリーランドって人らしい。結構な太り方をしてるおっちゃんや。二人は仲良くオレの事を見て、軽く頭を下げた。
ヘイリーって人はどの人なんやろ。
きょろきょろしてたら、すぐ横のお兄さんって感じの人に肩を叩かれた。
「はじめまして、俺がヘイリーだよ」
「ダンテです。よろしくお願いします」
ヘイリーはその辺を歩いてそうないたって普通のお兄さんや。黒髪ショートカットでそんなに強そうにも見えへん。年はジェームスよりちょっと下くらい。
「ダンテはルノと仲良いの?」
「はい」
そしたらヘイリーはにっこり笑った。
「その子は大阪支部で何してる人なの? 料理係?」
「もともとは工作員です」
「工作員なのに料理係やってるの?」
めちゃくちゃ不思議そうな顔をしながらルノの事を見てる。
気になるのは分かるけど、本人に訊いたらええやんか。目の前にいてんのに、なんでオレに訊くんや? 変わった人やな。
「おい、にーちゃん」
急にルノが言うた。
「はい?」
「なんで俺に直接訊かんねん? 感じ悪い奴やな。俺、お前みたいな奴、大嫌いや」
なんでそういう事言うんやろ。
横でイライラしてそうなルノが、行儀悪くヘイリーを指差してる。ヘイリーはそんなルノにビビってんのか、黙り込むとどうしよって顔をした。
「言いたい事があるんやったらはっきり言えや」
どうしようか迷ってたら、クリントが笑った。
「ルノは陰口とか嫌いなタイプやろ」
「好きな奴おるんか?」
「東京支部にはハッカーばっかりやからな。みんな気ぃ小さいねん。多少は我慢したってぇや」
「無理。俺、そんな奴らに飯なんぞ作りたくない」
ヘイリーはオレに言うた。
「ルノはなんであんなに怒ってるの?」
「虫ダメなんです。せやのに昨日、ここで虫見たらしくて、イライラしてるんやと思います」
「そっか。それは仕方がないな」
ようやく落ち着いたんか、ルノはクリントと普通に会話を始めた。放っといて大丈夫そうやから、ちょっとだけ安心した。
オレはヘイリーの方を向くと、出来るだけ落ち着いて話を始めた。
「ヘイリーさんは工作員はじめて長いんですか?」
「いいよ、敬語とか。俺、関西弁聞きたいな」
「じゃあ。ヘイリーは工作員長いん?」
「ダンテほど長くないよ。五年くらい」
ヘイリーはニコニコしながらこっちを見てる。ホンマに普通のどこにでもいてるお兄ちゃんって感じや。全然筋肉質でもないし、そんなに強そうに見えへん。
横でクリントに文句ばっかり言うてるルノの方が、よっぽど強そうに見える。
「何が得意なん?」
「俺はね、合気道が得意なんだ。でも銃は全然だから期待しないで」
「凄いやん。オレ、パソコン以外なんも出来ひんで」
笑ってたら、ルノがくっついてきた。
「なんや、二人して俺の悪口か?」
そしたらヘイリーはちょっとびくびくしながら、ルノに頭を下げた。
「そんな話はしてない。ごめんね」
「じゃあ何の話や?」
「自分の話」
オレは横のルノに言うた。
「ヘイリーは合気道得意なんやって」
「陰口も得意なんやろ。知っとんで」
めちゃくちゃ失礼なルノを軽く叩くと、オレはヘイリーの方を向いた。
「ルノの事は気にせんといて」
ヘイリーはルノみたいなタイプ苦手みたいや。自分の方が年上なんやし、先輩なんやで? 普通にしてたらええと思うんやけどな。なんでびくびくするんやろ?
「お昼からはよろしく」
「よろしく。大阪支部では凄い有名って聞いたよ。頑張るから、お手柔らかにお願いします」
なんかすっごい自信なさそうなんやけど、なんでや? ルノのせいか?
オレはそんな事を考えながら大きいからあげをつまんだ。
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