第5話 私の弟です!

『天使川……修羅』


この奇妙な名前には正直困惑した。どう考えても本名じゃないだろう。なるほど、こいつは確実に重度の中二病なんだな。まあ、理解できないわけじゃない。僕も小さい頃はそんな時期があったから。


そうして、自称・修羅である天使川さんと別れた後、僕は学校に到着した。すると、校門には二十代くらいに見える先生が立っていた。


もちろん彼女のことは知っている。水島柚月、僕の高校のクラス担任だ。もちろん、担任なのだから、見た目通り二十代というわけではなく、実際の年齢は三十歳前後だろう。


本人が年齢について非常に気にしているので、僕は今でも彼女の正確な年齢を知らない。正直なところ、ちょっと理解できない。水島先生の外見からすれば、まったく年齢を気にする必要なんてないのに。


そう、水島先生の美しさは、計算され尽くした、明確な境界線を持った美しさだ。彼女はまるで古典絵画から抜け出てきた美女が、時間に忘れられ、最も成熟した二十八、九歳で固化してしまったかのようだ。たぶんこれが理由で、水島先生の男子生徒の人気は異常に高く、中には水島先生に叱られる時間を非常に楽しみにする男子生徒さえいる。


しかし残念ながら、僕にはそういう趣味はない。というか、むしろ水島先生がとても怖いのだ。そう、僕は実は水島先生の対応がとても苦手なのだ。元々の性格が臆病な上に、水島先生はいつも恐ろしいオーラを放っているので、水島先生と初めて会った時から大きな恐怖を感じていた。でも、このおかげで、今までの高校生活で一度も違反をしたことはないけど。


しかし、それでも水島先生から逃げ切ることはできなかった。なぜか、水島先生は僕のことを特に気にかけているようで、いつも「学校で特に用事がない」という理由で僕を呼び出し、本来なら彼女がすべき仕事の手伝いをさせた。もちろん、僕は断るなんて到底できず、そうして僕は水島先生とほぼ二年間付き合ってきたのだ。


「えっと、あなたが今日転入してくる望月優真さんですか?」

『は、はい!水島先生、こんにちは』


水島先生を見た瞬間、僕の体はもう震え始めていた。どうやら彼女も母親同様、僕のことを覚えていないようだ。前とは違い、彼女に忘れられてしまったことに、むしろ少しほっとしている。


「リラックスしてね、優真さん。私の名前は水島柚月。これからあなたのクラス担任になります。何か気になることがあったら、何でも私に言ってね」

そう言って水島先生は優しく僕の頭を撫でた。

『え?』


水島先生の予想外の反応に、僕の頬は一気に熱くなった。


「ごめんごめん、優真ちゃんが可愛すぎてつい我慢できなくなっちゃって。優真さん、女の子に頭を撫でられるの、気にしちゃう?本当にごめんね。絶対に次からはしないから」

水島先生は僕の反応を見てすぐに手を引き、腰をかがめて謝罪した。同時に舌を少し出して、申し訳なさそうな表情を見せた。

『別、別に……気にしません』

「よかった!優真ちゃんに嫌われたかと思って、ヒヤヒヤしちゃった。それならいいんだ。さあ、優真さん、学校を案内するね」

『ありがとうございます』


この人誰だ!この人は絶対に水島先生じゃない!水島先生がこんなに優しいわけがない。それにさっきのは何だ?あれは萌え売りか?あの厳格で真面目な水島先生が。ああ、どういうことなんだ。


結局、僕の頭の中は水島先生のさっきの様子をひたすら反芻し続けた。教室に着くまで、僕の顔の赤みは完全には消えなかった。


「さて、ここが私たちの教室です。優真さんはここで少し待っていてください」

やはり、僕の記憶にある教室だ。印象と何ら変わりない。これじゃ、何の収穫もないな?


正直なところ、クラスメートに期待はしていない。言うのは恥ずかしいが、僕はクラスで特に友達がいるわけではない。強いて言うなら、顔見知り程度の関係だ。卒業後に彼らが僕のことを完全に忘れても、別に不思議はない。だから、クラスメートに覚えている者がいることなど期待していない。


「優真さん、入ってきていいですよ」

水島先生の呼ぶ声が思考を遮った。いよいよだな。もうクラスメートに期待していないとはいえ、実際に教室に入る時が来ると、やはり少し落ち込んでしまう。しかし、ここまで来て後戻りはできない。そうして、不安でいっぱいの足取りで教室に入った。


『で、では、皆さん。ぼ、僕の名前は望月優真です。今日この学校に転入しました。で、どうぞよろしくお願いします』


場内はシーンと静まり返った。


ああ、やっぱりな。頭の中で一万回練習したのに、結局ダメだったか。もう、落ち着けよ望月優真。ただのシカトじゃないか、大丈夫、素早く自分の席に走ればいい。どうせみんなすぐに君の存在を忘れるから。


よし、そう決めた。心の中で三秒数えたらすぐに走るぞ。え、待て。俺の席に誰かいるじゃないか。あれは真由さんじゃないか!しまった、忘れてた。俺は転校生で、そもそも俺の席なんてないんだ!


「わあああああ!」「超可愛い!」「望月さん彼女いるの?」……


え?おかしいな。どうやら様子が違う。みんなどうしたんだ、なぜ突然こんなに興奮して?えええ、なんでみんな突然こっちに寄ってくるんだ!


「はいはい、静かに。優真さんを怖がらせちゃだめよ。何かあるなら休み時間にしなさい。あなたたちのその様子じゃ、優真さんが困ってしまうでしょ」

幸い水島先生がすぐそばにいて、狂乱の女生徒たちと僕との間に立ちはだかってくれた。僕は慌てて彼女の背後に隠れた。

『あ、ありがとうございます』

「いいのよ。だって、怖がっている優真ちゃんもとっても可愛いんだから」

水島先生は僕の緊張を気に留めるどころか、ごく自然に僕の頭を撫でた。その時初めて気づいた。いつの間にか、僕は水島先生の服の端をしっかり握りしめていたのだ。


くそ、超恥ずかしい。


「先生ずるいよー」

「私も望月さんと仲良くしたい」


気がつくと、クラスの人たちはもう僕の行動をからかっていた。お願い、もうやめてくれ。


「はいはい、ふざけるのはほどほどに!全員、席に戻りなさい!」

「はーい」


しかし水島先生がすぐに騒動を鎮めてくれた。よかった、これで助かった。


「あら、ごめんなさいね、優真さん。きっとびっくりしちゃったでしょう。でも安心して、みんな悪気はないのよ」

『い、いえ、大丈夫です』


とはいえ、水島先生とはもう二年近く知り合いだけど、こんなに優しい水島先生を見るのは初めてだ。水島先生がずっとこんな感じだったらいいのにな。でもこんなこと、口が裂けても言えない。


「ええと、優真さんは一番奥の窓際の席の隣なんてどうですか?」

『え?いいですよ』

「そう。だって優真さんは女の子との交流があまり得意じゃなさそうだし。その席の隣の天使川さんも女の子だけど、彼女はほとんど学校にいないから。だから優真さんにとってはこっちの方が楽なんじゃないかと思って」

『ありがとうございます』


よかった。もし隣の席が女の子だったらどうしようかと心配していたところだ。でも実際には男でも女でも大差ないか。自分のコミュ力には自覚があるから。隣の人が学校に来ていないのは、むしろ僕にとっては朗報だ。


もう一つ、今どうしてもやらなければならないことがある。水島先生には少し申し訳ない気もするけど。


席に座るとすぐに、僕は周囲のクラスメートを見回した。僕の席は後ろの方にあるので、教壇の水島先生にはおそらく気づかれないだろう。だからこの時間を利用して、どうしても心中的の疑問を解き明かさなければならない。


おかしいだろ!クラスの男子はどこに行ったんだ?確かにクラスで同学年との交流は多くはないけど、クラスに男子が僕一人だけなんて絶対にありえない!


ええと、確か遠藤……いや、近藤だったか?とにかく何とか「藤」ってやつ。それから野原ってのもいた。とにかく、あの男子たちは、一体どこに行っちゃったんだ!


結局、僕がこのことを理解する前に、チャイムが鳴り、授業が終わった。


「はい、これで今日の授業は終わります。多くの皆さんは待ちきれないでしょうけど、ここで一言だけ言っておきます。絶対に優真さんに迷惑をかけないようにね」


待て、その言葉はどういう意味だ?ダメだ、すぐに逃げ出さなければならない気がする。


「望月さん、前も学校に行ってたの?」「望月さん、普段は何してるの?」「望月さん……」


完全に詰んだ!くそっ、なんでこんな席に同意しちゃったんだ。教室の一番奥なんて、教室から脱出するチャンスすらまったくないじゃないか!そう、僕が気づく前に、もうクラスメートに囲まれていた。


どうしよう、みんな知らないクラスメートばかり。なんでみんなこんなに積極的なんだ?僕の知っているクラスメートは一人も来ないのか?


「私は遠藤桜です。よかったら友達になってくれませんか」「わあ、桜ちゃんずるい」「野原です」「近藤です」


お願い、知ってるって言うのは君たちじゃないんだ!僕が知ってるのは男の彼らなんだ!そうだ、真由さんに助けを求めればいい。


僕はすぐに真由さんの姿を探し始めた。記憶が正しければ、彼女の席は――入って一番前の列の一番前。


ここからじゃ遠すぎる!案の定、彼女たちの周りの女生徒たちは僕の席から離れすぎているため、ほとんどこちらには来ず、遠くから僕を見つめている。


しかしそんなことはどうでもいい。今必要なのは真由さんだけだ。あ、いた――真由さんの特徴的なアッシュブロンドの巻き毛。彼女は今、後ろの席の机に本を広げて読みふけり、時々こっちを向いている。陽の光を受けて彼女の髪は蜂蜜のような輝きを放っている。いや、今は彼女の美しさを鑑賞している場合じゃない。


『真由さん!』


今は彼女を頼るしかない。真由さんが再びこっちを向いた時、僕は彼女に救助を求めた。


「マジかよ、望月真由を呼んでるみたいだぞ」

「ありえねえ、あの真由が男と関係あるなんて」


一瞬で、クラス中の注目が真由さんに移った。よかった、これで助かった――。


待て、何かがおかしい。


俺は一体何をしているんだ?なぜほっとしているんだ?自分の行動に羞恥心を覚える。俺ってほんと自己中だな。真由さんと知り合ってから今まで、ずっと彼女の優しさに甘えてばかりじゃないか。


正直なところ、真由さんの立場からしたら、僕のことをどう思うだろう?元々お母さんと二人で楽しく暮らしていたのに、突然男の子が現れて、彼女の部屋に侵入して裸を見た上に、自分こそがこの家の子だと言い張る。


こんな状況で僕を恨まないわけがないだろう。それなのに彼女は僕にこんなに優しくしてくれる。俺ってほんとにひどいやつだ。ダメだ、これ以上真由さんに頼っちゃダメだ!


もう一度真由さんを見つめた。でも今度の眼差しは依存ではなく、自分の力で、この状況を解決するという意志で。口元で真由さんに伝えた。(大丈夫、自分でなんとかする)よし、これからは自分でこの状況に立ち向かう!


「みんな、優真から離れて!優真は、優真は私の弟なんだ!」

『お姉ちゃん!』


僕が自分でこの事件を解決しようとしたまさにその時、真由さんが背後から僕を抱きしめ、この衝撃的な「事実」を宣言した!

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