第31話 蒼空と雪 ③

 炊飯器のアラームが鳴ったので、俺たちは晩ごはんを食べることにした。何処のスーパーにでもよく売っているセール中だった時のレトルトカレーだが、不思議と手作りのカレーよりも美味しく感じた。やはり一人ではなく誰かと一緒に食べるということが、そうさせているのだろうか。それも雪と二人でということなら猶更である。いつもだとキッチンに付いているちっちゃなカウンターテーブルで一人ご飯を食べるのだが、今は横並びに雪と二人で会話しながら食べている。学校では互いに緊張しながら喋っていたことが常だったのだが、今では普通にお喋りできてしまっている。相手が散々遊んだ幼馴染と分かった瞬間、こうなんだから本当に不思議だ。


 晩ごはんも食べ終わり、俺は再びマカロン作りに取り掛かった。時間の都合上、なんとしてでも今晩中に全て終わらせないといけないからだ。ただ単に作るだけなら、明日の朝にもう一便作れるのだが、それだと冷凍する時間が足りない。クッキーとは違い、事前に準備しておくには衛生管理上、冷凍しておかないといけないからだ。寝る前までになんとしてもあと2回同じ工程をしないといけなので、俺は急いで作業をしている。


「ねぇ、私もなにか手伝った方が良いよね?」


 彼女がそう聞いてきたが、正直手伝ってもらえるものが何も無かった。料理の腕前は正直アレみたいだし、かと言って料理以外で今出来る事といえば部屋の掃除か、もう既に入り終わっているお風呂掃除くらいなものだ。いくら親友だからと言っても一応お客さんになるわけなので、そこまでお願いするのはどうなのだろうか。


「うーんと、特にないかな…」

「ブーブー」


 俺は素直にそう答えると、彼女は口を尖らせ文句を言ってきた。まぁそんな態度をされてしまっても本当の事なので困ったものだ。


「まぁ今日のところはゆっくり休んでてよ。帰りの雨風でだいぶ疲れているだろうし」

「いや、それは蒼空も同じなんじゃ…」

「だとしても、俺はやることがあるし。それに明日はずっと一人で作業しているわけじゃないから、休むこともできるから」

「むぅ…」

「明日はずっと立ち仕事でしょ? 接客担当なら自由に休みとか取れないだろうし、ちゃんと体力を温存しておかないと」

「もう、わかったよぉー」


 彼女は不満ながらどうにか納得してくれたようで、居間のソファーで置いてあったクッションを抱いて、だらしなく寝そべった。転校してきてからの彼女を見ていただけに、今の姿がとても同一人物とは思えないほとだらけていた。このような姿を見せてくるのは、それだけ俺のことを信頼していることだと思うので、なんだか悪い気はしない。しばらくするとソファーの方から寝息が聞こえてきたので、俺はマカロン作りに没頭するのだった。


 マカロンの予定していた個数を全て作り終え、俺は再びソファーへと戻って来た。雪は少し前から目覚めていて、それからずっとスマホをいじっていた。


「あっ、蒼空。お疲れ様」

「うん、ちょっと疲れたよ。さすがに数が数だけにね」

「だよね。事前準備も一人で引き受けちゃってたし、心配だったんだよ?」

「まぁね。こんな天気じゃなければ分担したんだけど、さすがに効率とかも考えるとね。でもそのおかげで後片づけは免除してくれることになってるからね」


 自分たちのクラスのはもちろんのこと、学校全体の後片付けも他の人が倍頑張るということで、俺は後片付けに不参加で良いことになっている。まぁこうして事前に作業をしているわけなので、結局のところプラスマイナス0ということだ。


「いいなぁ、私もサボりたい」

「いやいや、別にサボってるわけじゃないから。ただ単に免除になってるだけ、寧ろ等価交換だからね」

「わかってるよぉ。君が頑張ってるのは私がちゃーんと見てたから、ね!」


 既に時間は天辺を回っており、疲れも溜まってたことから、俺は大きな欠伸をした。昔と同じように自然体で話せることに喜びを感じていたいが、いつまでもそういう訳にもいかず、俺たちは現実に向き合うこととなる。


「あっ、もうさすがに眠いよね?」

「うん、まぁ夜ももう遅いし、さすがにね」

「眠いところ、申し訳ないんだけど……」

「うん、何?」

「私はどこで寝ればいいのかな?」


 完全に失念していた。泊まることは許可したけど、寝る場所については全くと言っていいほど考えていなかった。マカロン作りで忙しく、そのことまで一切頭が回らなかったのだ。当然俺の家にはベッドが一つしかない。


「えっと、全然考えてなかった……」

「やっぱり?」

「ごめん…」

「じゃあさ、一緒に寝ようよ。昔みたいにさ」


 確かに昔、横に並んで一緒に寝たことはあるけど、それはあくまで幼い頃の話。さすがに今となっては色々と問題になってくる。いくら仲が良いとは言っても身体はすでに大きくなっていて男子と女子、つまり男と女である。付き合ってる訳でもない男女が同じ布団に潜り込むというのが、倫理的にもよろしくないということだ。


「さすがにそれはちょっと無理かな」

「えー!!」

「えー、じゃない。これは絶対に譲れないから」

「ケチ!」


 そう言われても困ってしまう。まぁ昔みたいに意地悪そうな顔をしながら言って来ているので、本気で言ってるわけじゃないのは分かってるのだが。


「とりあえず雪は俺のベッドで寝てもうとして。おれはこのソファーで寝るから」

「えぇー、それなら逆でしょ? ここは蒼空の家なんだし、蒼空が自分のベッドを使わなきゃ」

「いいや、お客さんをソファーで寝かせることはできないよ。そもそも女の子をソファーで眠らせて、男の俺がベッドだなんて…… なので俺がここで寝ます」


「うーん」と抵抗をしていた雪も最後は納得したようで、ベッドで寝てくれることを承諾してくれた。


「でも蒼空が寝るまでここでお話ししてっても良い? 蒼空が寝ちゃったら、ちゃんと大人しくベッドに行くから」

「まぁそれなら良いけど…」

「やったー、えへへ」


 それからそれぞれ寝る準備をし、俺は居間のソファーで横になった。先日片づけたばかりの夏用掛布団を引っ張り出してきたけど、床暖もつけっぱなしにしておくので、これで事足りるだろうとは思う。雪は体操服の上にジャージを羽織り、俺の傍に近づくと隣の床に座り込んだ。台風の強風が時折、隙間風となって部屋に忍び込んでくるので先ほどより部屋の温度が低くなってきた。彼女も少し肌寒いと思ったのか、俺の自室に置いてあったはずのひざ掛けを持って来て今は脚に掛けている。


「なんだかもうすぐにでも寝ちゃいそうだね」

「今日は朝早かったし、いろいろあったからね」

「本当だよ。いろいろあったね、うふふ」


 部屋の電気は豆電球だけ残した状態になっているので、彼女の表情は良く見えなかった。だが、どうせいつもみたいな意地悪そうな顔をしているに違いないと思った。


「雪はまだ眠くないの?」

「うん、さっき少し寝ちゃったからね」

「そうだった… ところで明日から学校でどうしよっか?」


 そう聞いたのは俺たちの関係性についてだ。


「どうしようというのは、もちろんお互いの呼び方とか関わり方の話だよね?」


 そのことに彼女も即座に理解したようで、少し考え込んだ。


「うーん、そうだなぁ… 私はありのままで良いと思うよ。別にやましいことがあるわけでもないし、元々幼馴染で親友同士だったんだから… それにね、…」

「それに?」

「うん、それに今更また前みたいに余所余所しい関係になるの、寂しいから…」


 そう言ってもらえて嬉しかった。俺も気恥ずかしいとは思うけど、同意見だったから。


「うん、わかった。じゃあ自然体でいこうか。俺も今更前みたいに戻るのはなんだか嫌だからね」

「ありがと」


 それからしばらくして意識がだんだんと遠退いていく。雨風の音がずっとうるさかったのだが、もうそれも気にならなくなってしまった。それでも話足りず、雪と会話を続けていった。正直、このとき何を話していたのかはほとんど覚えていない。時たま頭を撫でられるのがもの凄く心地良かった。


「あれ? もう寝ちゃったかな…」


 何かを彼女が言っている気がするが、もう既に答えることが出来ないくらいになっていた。それからまた再び頭を優しくなでてきた。またしばらくして、耳元で彼女の息遣いを感じた。そして眠りに落ちる寸前、頬に何か柔らかい暖かなものが触れた気がしたのだ。



 完全に寝ている蒼空を確認して、雪はそっと彼の耳元で囁いた。


「じゃあおやすみ、蒼空。 大好きだよ」


 そして彼女はそっと音を立てぬよう立ち上がり、居間を立ちって蒼空のベッドに潜り込んだのだった。


 未だ台風により外の様子は大嵐のままだったが、それとは対照的に家の中はただひたすらに暖かな静寂に包まれていた。

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