聖なる聖女の黒き刃
蒼目高
第1話
ティル・ノーア聖王国。
その首都……聖都ラヴァーナの王城内部……謁見の間。 聖王エラハに、ある少女が謁見する。
それは、任命の儀式だ。
この世に悪を成す魔族を倒す使命を負った『聖将』。
それには上に『天鬼』、下に『神将』という地位がある。それぞれ十二人……部下を持ち、他国への強制介入及び捜査権限が与えられる。
「ナルディア・ミ・ラナーグ……そなたを十二神将第十二位白幻の将に任ずる」
それは、艷やかな黒髪を後ろに流した少女。
その身に簡易の法衣を纏い、居ずまいを正す。
「は、慎んでに賜ります……この身命を賭して、この世に仇なすモノを滅ぼすことを、『白皇』様に誓います」
膝をついて、銀の翼のペンダントを拝受する。
十二神将の証だ。
それを、両の手に押し頂く。
その時、彼女の瞳は、今ここに無いものを見た。
『幻視』という能力がある。
それは、朧げながらも、確率の高い未来等を見通す彼女独自の能力。
この世の絶対神『白皇』から与えられた、比類なき神聖なる能力。それ故に彼女は、神に愛された『聖女』と呼ばれている。
彼女は見た……その光景を……
それは、暗示。未来に繋がる鍵になる光景。
雨が降る……
その青年は、傷つき柱に身を預けていた……
崩れかけた遺跡……名もなき遺跡……
彼は、逃げていた……自分を恐ろしい身体に造り変えた組織から。
その追っ手は、全て斬り捨てていた。
だが、既に脇腹に受けた傷からの出血が、体力の限界を彼に告げていた……
「くそっ……アイツらの仇も討てずに……」
雨が降る……
雨の冷たさは、体力を奪う。立ち上がる気力を奪う……生きる気力を奪い去る。
彼の名は、フレイ……
組織に囚われた以前の記憶はない……『奴ら』に奪われていた。
あるのは、囚われた仲間との苦い思い出しかない
……それも今や、憎しみを引き起こす起爆剤となっていたが……
『彼の記憶が見える……』
『彼の視点と重なってゆくのが分かる……』
仲間との記憶が、まだ過去ではなかった時へと、彼の意識は舞い戻る。
「フレイ……貴方は生きて……!」
アーシャは、彼、フレイが熱を出した時、寝ずに看病してくれた少女だった。
剣の腕に、ほとんど違いはなかった……
ある日、地下の闘技場で殺し合えと命じられた。
『実験』の成果を、見定めるためだった。
彼らの中には、人間以外のモノが埋め込まれていた。それは、身体と心を人ではないものに変えていった。
ある時は獰猛に、ある者は残酷に、獣のように、奴らのように心が狂わされてゆく……
彼は、アーシャをその手に掛けた。
彼の心に、悲しみと絶望と、『奴ら』への憎悪が溜め込まれてゆく……
最初から、彼女の剣に斬られるつもりだった。
彼は、彼女に好意を抱いていた。
それは、本当に愛情だったのか。このような環境下では仕方がない寄る辺だったのか。
それは誰も分かりはしない。違うとしても、誰も責められるものではない。
だが、その結果は逆になる。
残酷なまでに……想いとかけ離れてゆく。
セスという剣士が、姿を周囲と同化させ、フレイを背後から斬り付けてきた。
それを庇って、彼女は胸に重傷を負った。
アーシャの捨て身の反撃が、セスを倒した。
「止めを……お願いね」と彼女は言った。
『ダメよ……!』 「……分かった……」
と私と彼は叫び応えた。
喉に突きおろした刃の感覚は、忘れられない思い出として刻まれる。
巡回の数が、徐々に減ったある日のこと。
見張るべき対象が減ったからだろう。
もう既に、生き残りは彼とノアと呼ばれる青年しかいないのかもしれない。
「フレイ、今しかないよ……ここで死ぬのは、嫌だ」
「……どうせ死ぬなら、青空を見て死にたい」
ノアは、少しだけ笑って立ち上がる。
「ああ、そうだな……一緒に、行こう。ここで死ぬのは嫌だ……!」
『ええ、そうね……一緒に、行きましょう。どこまでも共にあるわ……』
数えるのも馬鹿らしい程に、斬り捨てた。
それでもなお、数というものには勝てなかった……
ノアが、遂に自分の中に潜むモノを暴走させた。
それは解き放たてば、もう戻れない恐るべき力だ。
その優しき表情の名残りを残して、姿がおぞましいモノへ変わり果ててゆく……
……その姿は、『奴ら』とあまりにも、酷似していた。
それは一度きりの能力……身体の崩壊という『死』が約束された道行き……
「……コイツラは、ボクが殺し尽くす……
ミンナをあんな目に合ワセタヤツらは、ボクが連レテゆく……」
あんなにも戦うことを嫌っていた、ノア。
地獄のような牢獄生活の中で、一緒に笑い、共に悲しんだ仲間。
確かに彼は、友と呼ぶべき存在だった。
「ノア……俺も……!」
『ノア……私も……!』
「甘えるナ……イケ!……ソシテ、ボクのカワリに空を……!」
ノアの異形と化した腕が伸びて、兵士の一人を刺し殺した。
その爪から出る毒液が、鎧と肉を溶かしてゆく。
ノア自身の身体をも溶かしながら、辺りを白煙に包んでいく……
「……サヨナラだ、フレイ」
あの声が、耳にこびり付いて離れない……
雨が降る……
「死んで……たまるか……!」
空は、黒く泣いていた……
ノアの言っていた空は、こんな黒いモノではないだろう……
……アイツらの仇を……討ちたい……
……この黒い炎を……消してなるものか……
……殺す……こんな目に合わせた奴ら……全て……!
……俺達の苦しみを知らずに、のうのうと生きている奴らも……全て……全て……同じ目に……!
『それは……ダメよ……!
それをやってしまったら、ノアやアーシャは何のために……!』
彼と私は、再び分かたれた。
彼の想いが聞こえない……
まだ、彼の傍にいてあげたい……!
離れがたくとも、離れてゆく……!
彼を独りにしては、いけない……!
誰か……誰でもいいから、彼を……!
『心地よい……』
『お前のその感情は、心地よいな……純粋な黒き感情……』
黒い影が、彼を見下ろしていた。
「なんだ、お前は……?」
『なに、貴方は……?』
『私は忘れられしモノ……そして滅びゆかんとするもの……』
『白でも黒でもない、『狂った獣』……そう呼ばれたこともある』
その実体のない幻の手を差し伸べる。
『お前と私、どちらも滅びかけている……どうだ、私を受け入れてみるか……?
……私はお前の中で、暫し眠るとしよう』
『お前は私の権能の一部を使って、その傷を直し、その昏き望みを果たせ……
その代償に……を最後に渡すのが条件だ』
「お前の……名は……?」
『☓☓☓☓☓……それが名よ。もう誰も呼びはせぬがな……お前は……何という?』
『答えては、ダメ……! それは……とても恐ろしいもの……!
貴方は、きっと後悔を……!』
『……見ているな、白皇に通じる、人間の聖女……!
邪魔だ……!』
『幻視』が、強制的に打ち切られる。
それが、ナルディアの見ていた最後の記憶だった……
時間にして、数秒か……
傍目からは、『神将』に命ぜられて感動のあまり、少し呆けていたように見えただろう。
『神将』……これは、はじまりに過ぎない。
故国の国王だった父を、王妃であった母を殺した魔族の将ガドラーを倒す……!
それが彼女の目的だ。
ティル・ノーア聖王国の者には話していない、私だけの『秘密』だ。
父と母の仇を討つ……それは、『神将』になる時に、忘れよと言われた想いだ。
私怨を持つ者は、『神将』になれない、そう言われたからだ。
『神将』とは、この世全ての、神の子らの為にその身を捧げるもの……
聖王国の人間となった以上、故国で起きたことは捨てよと、聖王国の人間となって子を成せと言われたからだ。
だから、本心を隠した。
分かりました、と言われるがままを装った。
だけど、あの時のことを忘れた日はない。
忘れられるわけが、ない……
……もっと上の『天鬼』になって、協力者を募って……アイツを倒す……!
もう、決めたことだ。
例え死ぬことになろうとも、聖王国の人間と縁を結ぶことになろうとも、すべきことに変わりはない。
だから、この心は隠す。隠し通す。
誰とも、本当の意味で心を通わすことがない。
そのようなことになろうとも、だ。
ふと、抱えている感情の色が、先ほどの彼と似ていると思った。
彼と私は、どこか似ているのだ。
彼となら、しがらみのない話ができるかもしれない。心が通じるところがあるかもしれない。
『幻視』で見た以上、彼と私は何処かで必ず出会うだろう。
……また、『秘密』が増えた。
少しだけ、楽しみな『秘密』が……
……今度、会ったら話してみたいことがあるの……
……いつか聞いてね、今は幻でしかないアナタ……
……君に、早く会いたいな……
ナルディアは、玉座の間の窓の外に広がる青空をみて、そっと微笑む……
……誰にも悟られぬように……
……大事なものを隠すように……
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