17 休日の落差
バスタオルで顔を拭く。
とは言ってもグラスに入っている水の量なんてたかが知れていて、制服だってすぐに乾くだろう。
なにより水なのだから汚れるわけでもないのだし、そこまで気にするようなものでもない。
むしろ、灯を怒らせた遅刻の件が帳消しになってラッキーなぐらいだ。
廊下にある灯の部屋を眺める。
夕食を食べ終わると、彼女は一人部屋に籠ってしまう。
「……らしくないこと、してるよなぁ」
我ながら人にはあまり執着しない方だった。
この人畜無害な人間性のおかげで声を掛けてくれる人が多いんだと勝手に思っている。
それでも万人に好かれる人なんているわけもなく。
私に近づこうとしない人なんていくらでもいるし、離れて行く人だっていた。
別に大きな衝突や問題があったわけでもない、けれど人間関係とはそれくらい移ろいゆくものだということくらいは実感していた。
だから、私が
小動物みたいで可愛いから?
かつて私に才能の差を見せつけられた人だから?
どれも当たっているようで、決定打には欠けていてしっくりはこない。
「ただ、なんか気になるんだよなぁ」
いや、そもそもだ。
人のことが気になるのに理由が必要だろうか。
こういうのって直感というかフィーリングでいいような気もする。
下手に理由をつけようとするから頭が変になってしまうのだ。
「うん、それだな、それ」
気にしすぎてもしょうがない。
それって答えは出していないようなもので、全てぶん投げただけだと灯には言われそうな気もするけど。
そもそもからして、何でもかんでも御大層な理由をつける方が間違っていることだってあるだろう。
少なくとも、私はその方が性に合っている。
◇◇◇
目が覚める。
朧げな意識のまま瞳を開けると、カーテンからは光が零れていた。
夜は明けているらしい。
「……ねむ」
今日は休日だ。
とりあえず起きようと思って体を叩き起こした。
「あなたっていつなら早く起きて来れるんですか?」
リビングに顔を出すと、灯に初手から注意交じりの確認をされる。
その表情には驚きと呆れが滲んでいた。
「おいこら、まずは挨拶だろ」
「今日もご機嫌麗しゅう」
返してくれたけど、なんか違う。
台詞口調のそれは私に対するあしらいのような気がする。
「ちがう、おはようございます」
「もうお昼時なんですけど」
まずった。
私にとっての体内感覚は完全におはようなんだけど、時間は正午を回ろうとしていた。
世界と私が乖離している。
「あー、昨日濡れて体を冷やしたから朝起きれなかったのかなー? ごほん、こほん」
わざとらしく咳き込んでみる。
灯は分かりやすく表情を歪めた。
「あなたって本当に素敵な性格をしていますよね」
「よく言われる」
絶対に嫌味だが、まぁ面白いので気にしない。
それに私のこの態度は灯にしか出していないのだけど、それは言わないでおこう。
「はい、こんにちは」
「ごきげんよう」
そこまで挨拶を交わすのが嫌なのか、私の言う通りに動くのが嫌なのか。
とにかく意地でも同じ言葉を返してこない。
まぁ、返事はしてくれてるのだから良しとしよう。
多分前進はしている。
「それで、灯はなぜにジャージ?」
気になったのがその服装。
灯は髪を束ね、上下ジャージ姿だったのだ。
紺色に白のラインが入って胸元には“霞羽”と刺繍が施されていた。
「部活ですよ、午前中に試合だったんです」
「なんとまぁ」
私が寝ている間に、灯は部活をしていたらしい。
これ以上ないくらいに対照的な生活だった。
灯に蔑まれるような視線を向けられても仕方がない。
「精が出るね」
「あなたに比べれば」
うむ、ずっとトゲトゲしい。
「試合はどうだったのさ、点決めた?」
かつての灯のバスケの実力を見たことがあるとは言え、それが高校でも尚通じているのかは別問題。
まだ一年生だし、通用しなくても普通な時期でもあるとは思うんだけど。
「終盤に出ましたので、点数はそこまで伸びませんでした」
事もなげに言ってのけるが、それってだいぶすごいことだ。
一年生が試合に出るだけでも大変なのに、それを白峰でやっているのだから灯の才能というのは相変わらず突出しているのだろう。
「相変わらず凄いんだな」
「全然ですよ、スタメンじゃなければ無意味です」
灯は吐き捨てるように言葉を零す。
高みを目指している彼女だからこその発言なのだろうけど。
「もうちょっと楽しんでやったら?」
「楽しむだけで勝てるならそうしますよ」
争いに勝つことが運動部の醍醐味であることは分かる。
それでも灯から感じられるのは、張り詰めたような緊張感と何かに追われているかのような焦燥感。
バスケをしている姿こそ見たことはないけれど、もうちょっと肩の力を抜いてもいいような気がする。
自分の中学時代と灯を照らし合わせて、何となく考えてみる。
「ほら、友達とか先輩と遊んだりは楽しいだろ?」
私はそうやってバスケを楽しんでいた気がする。
部活が始まる前の無駄話とか、帰りの無駄話とか。
「部活が終われば自主練習か、すぐ家に帰ります」
「……あー」
私の中学時代は全否定された。
まぁ、自分で無駄話って思ってる時点で何となくそう返される気はしていた。
「遊びたいなら部活をしなくても出来ます」
「それをきっかけに深める仲ってものがあるでしょうよ」
今も部活が終わってそのまま帰宅してきたのだろう。
もっとゆとりがあってもいいと思う。
「深まりたくない人だっていますよ」
「……うーん」
なんだろなぁ。
灯の言ってることも分からんではないけど、どうしてこうも私の心に響かないのだろう。
「その瞬間だけ楽しめばいいとは思いません。わたしはもっと――」
「じゃあ私と遊ぶか」
「――って、どうしてそうなるんですかっ」
話を遮られたのが納得いかないのか、灯は語尾を荒げる。
しかし、灯の説教臭い話は私の頭には届かないことをいい加減覚えて欲しい。
「灯にはもっと私側に立ってもらわないと困る」
「はい?」
「だって私の感覚を経験してないのに反論だけするのも、それはそれで浅くない?」
そう、灯の言葉がどこか浮ついて感じるのは、反論側の立場に立ったことがない者の言葉だからだ。
彼女が才能に恵まれているのは分かったが、かと言って怠惰と糾弾する私側に立ったこともないのに物を言われても困る。
「……たまにそれっぽいことを言う所が腹立ちますね」
自分で思い当たる所があったのか、灯の声のトーンが下がる。
「だから遊ぶぞ、せっかくの休みなんだから」
「さて勉強でもしましょうか」
しかし、あくまでその姿勢を崩そうとしない。
でも今の灯に遊びは余分なことに感じられるだろうから、この誘い文句じゃ素直に頷けないのかな。
「昼飯は食った?」
「食べていませんけど。そう言えば、休日のお昼ご飯の当番は決めていませんでしたね」
「それなら昼飯食いに行こう」
「……え」
ちょうどいいや。
このまま灯を外に連れ出そう。
「用意するのも面倒だし外食で」
「……それはいいですけど、どこか言いくるめられたようで腑に落ちません」
そう言いながら視線を反らす灯。
思っていたよりもすんなりと提案を受け入れてくれたな、とも感じた。
「もしかして、結構腹減ってる?」
私は灯の肩にそっと手を置いた。
以前は触る前に避けられたけど、今回は接触に成功する。
感じるのは折れてしまいそうなほどに繊細で華奢な体。
「部活終わりなんですから、お腹は空きますよっ」
灯が語気を荒げて身をよじるから、私の手は空をさ迷う。
頬を赤らめているのは、部活終わりだからか、怒っているのか、照れているのか。
とにかく素直じゃないなぁ、もう。
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