06 恋愛トーク?


【今日、帰りは遅くなる】


 お父さんからだった。

 ほぼ毎日同じ文面で送られるこのメッセージには、“後は自分で用意して食べてくれ”という意味が込められている。

 長い間、二人で暮らしてきたから皆まで言わずとも分かるのだ。


 ……だけど。


「すぐスマホ見ますよね」


 目の前にはこちらを睨みつけてくる義妹いもうとが一人。

 今はもう新しい家族がいるんだぞ、御父上。


「ああ、男から連絡きてさ」


「……男?」


「今日は会えないみたいだ」


 嘘は言ってない。 

 しかし、ともりの目は蔑んだものに変わっていく。

 反応おかしいだろ。


「お父さんのことね」


「……」


 灯は黙ったまま反転して、自室へと歩き出す。

 何か気に食わなかったらしい。


「待て待て」


 私は灯を呼び止めようと腕を伸ばす。

 本題に移っていないので、ここで部屋に籠られては困る。


「触らないで下さい」


 その肩を掴もうとして、するりと身のこなし一つで躱される。

 さすが運動部、反射神経が違う。

 しかも、触れてもいないのに拒否されることも中々ない。


「お義母かあさんの帰りはどうなのよ」


 とりあえず灯がこっちを向いてくれたので本題へ。


「お母さんの帰りはいつも夜遅いですよ、それが何か」


「お互いに忙しい親を持ったもんだ」


「あなたが一番時間に余裕がありそうですね」


 やかましいな。

 いやいや、口喧嘩をするために呼び止めたわけじゃない。


「晩メシ、どうする?」


「……え」


 途端、灯が呆けた顔をする。

 珍しく、小言の多い彼女の語彙が消失していた。


「いや、え、じゃなくて。晩飯、夜ごはん、ディナー」


「それは分かってますよ、どうするって何の話ですか」


「飯作るのか、買ってくるのか、とか。色々あるじゃん」


 ちなみに私はいつもコンビニ飯やらウーバーやら、とりあえず買って済ませる。

 自慢ではないが家事能力は全くない。

 掃除機かけるとかなら出来るけど。


「ご飯、作れるんですか?」


 灯はきょとんとした顔で尋ねてくる。

 言い回しのせいで、“私が料理する”という選択肢があるように誤解してしまったのだろう。

 だが、私が期待しているのは君の方なんだな。


「いや、料理は全然ダメ。灯は?」


 お父さんも料理は大概なので、家庭の味なるものに憧れはある。

 特に秀才である灯なら料理もきっと上手なことだろう。

 食材の買い出しとかは私が行かせてもらうから、灯には料理を頑張って欲しい、是非。


「わたしも料理は出来ません」


「……え」


「というか、しません」


 えー。

 こんな凸凹姉妹の関係性でどっちも料理作れないパターンってあるの?

 なんか思ってたのとちがう。


「いつもどうしてんの?」


「適当に済ませてますよ」


「テキトーってなに」


「カップラーメンとか」


「それでいいのか秀才」


 それじゃ栄養が足りないだろうに。

 自分の為にもちゃんとした物を食べなさいよ。

 ブーメランでも気にしない、私はこれ以上背が伸びても困る。


「これだけ文明が発達したのに、未だに料理に時間を割くなんて非効率です」


「うわー……」


 いるよね、頭良すぎて逆に変なこと言う人。

 同じ“料理をしない”でも、こんなに意味が変わるとは思わなかった。

 

「灯はその内食べる時間が勿体ないとか言いだしそうだな」


「お腹が空かなければ食べないことも多いですが?」


 ああ……この子は何をそんなに生き急いでいるのだろう。

 もっと楽しく生きたらいいのに。

 そんな思いが表情から滲み出たのか、灯の言葉が続く。


「三食きちんと食べなければいけない科学的根拠なんてありませんから」


「カップラーメンじゃダメな科学的根拠はあると思うぞ」


「それは……」


 お、珍しく押し黙った。

 私が口論で勝てることもあるらしい。

 何だか妙に誇らしい。


「ま、それじゃ何か頼もうぜ。ピザでいい?」


「提案しているようで決まっているじゃないですか。しかも栄養の話の後のメニューとは思えません」


「カップラーメン少女に言われる筋合いはない」


 灯のキャラ的に、ジャンクフードだと小言を言われるかと思ったけど。

 そのレベルの食生活なら私の好みでいいやと思ってしまった。


「嫌いなら別のにするけど」


「いえ、それは構いませんけど」


「あ、そう。好きな味とかある?」


「……お任せします」


「オッケー」


 というわけでスマホで注文。

 30分から1時間の間で届くらしい。

 

「待っている間、灯の部屋の片づけ手伝おうか?」


「必要ないって言ってます、どうしてそんなに手伝おうとするんですか」


「灯の部屋、見てみたいから」


「絶対見せません」


 うむ、義妹の心の壁は厚い。




        ◇◇◇




 そうして40分程度経った所で、ピザが届く。

 私はそれを受け取り、ダイニングテーブルの上に置いた。

 灯に声を掛けようと部屋へ向かおうとしたが、ふと思い至り、スマホを手に取った。


【ピザ届いたよ】


 すぐに既読がつく。


 ――ガチャリ


 ほぼ同時に扉の開く音。


「おい、返信しろよ」


「普通に声掛けてくださいよ」


 お互いに思いは噛み合わない。

 二連続で送信しているのに、返事がないメッセージのやり取りなんて初めてだ。


「半分ずつでいい?」


 お互いに向かい合うように座って、私はピザの蓋を開ける。

 湯気が立ち上り、チーズの濃厚さとトマトの酸味のある香りが漂う。

 Lサイズのマルゲリータと照り焼きを2枚頼んだので、かなり大きかった。


「そんなに食べられません」


「うわ、小食アピール」


「アピールじゃなくて事実です、1枚の半分で結構です」


「……えー」


 残りの1枚と半分は私が食べるのー?


「何が不満なんですか」


「それって灯の三食分を、私は一食で食べきるってことだろ?」


 三倍の量を食べるって、さすがに女子として思うところがあるのだが……。


「わたしは食べたくてもお腹いっぱいになるだけです」


「……はぁ」


 言えないなぁ。

 本当はLサイズを二枚、一人で余裕で食えること。







 そうして二人で囲む初めての夜の食卓は、なかなかに穏やかだった。

 箱を開けるとトマトとチーズの濃厚な匂いが部屋に広がっていく。

 灯はそれはそれは小さなお口でついばむようにピザを頬張っていた。

 なんだろう、ジャンクフードなはずなのに灯が食べていると品が良く見える。

 顔の良さというのはこういう時にも不平等だ。


「「……」」


 そして穏やかな空間は、悪く言えば無言だった。

 もうちょっと会話が弾むかなと期待してたんだけど。


「……さっきの話、ですけど」


 そんな沈黙に耐えかねたかどうかは分からないが、灯の方から話を切り出してくれた。

 

「なに?」


「実際いるんですか、男」


「……ほう」


 まさか、その話を蒸し返してくるとは思わなかった。

 灯もやはり年頃の女の子というわけだ。

 私はテーブルの上に両肘を置き手を組む、お行儀が悪いのは許してほしい。


「絶賛恋人募集中」


「素直にいないって答えてください」


 いや、 いないって言っちゃうと、何かこう後ろ向きじゃん。

 せめて前向きな姿勢でいたかった。


「でも欲しいんですね、恋人」


「そりゃしたいでしょ、恋愛」


 そんなこと言いながら私は恋愛経験ゼロなんだけど。

 そんな灯はどうなのだろう。

 こんな美人、周りが放っておかないだろうに。


「わたしは考えられませんね」


「……おう?」


 しかし、その興味はすぐに削がれる。

 灯の口調が強いのはいつものことだが、そこには拒絶以外の色が滲んでいたからだ。


「誰かと付き合うだなんて想像つきません」


 察するに灯はどうやら恋愛感情に距離をとっているらしい。

 しかし、この話題をこれ以上掘っていいものなのか判断がつかない。

 その繊細な領域に足を踏み入れるのを許してくれるのかどうか、まだ自信はなかった。


「そうやって私が一足先に恋人できても知らないからね?」


 なので、結局私の話に戻っていた。


「人の色恋に口を挟む趣味はありませんよ」


 えー?

 それはどうも嘘くさい。

 本当に灯の言う通りなら私の男発言に違和感を覚えなかっただろうし、わざわざこうしてまた話題に出す事もなかったはずだ。


「分かった」


「何がですか」


 つまり、この灯の態度から導かれる答えは何か。

 至極簡単な答えだった。


「さては灯、お義姉ねえちゃんを独占しようとしているな?」


 なんやかんや言いながら、新しい家族であり義姉としての私を独り占めしようとしているのだ。

 恋人が出来たら時間作れなくなるもんね。


「……わたし、ちょっとあなたが羨ましいかもしれません」


 何でだろう。

 珍しく灯に褒められたはずなのに、心はあまり弾まなかった。

 その哀愁を宿した瞳で、私を見つめないで欲しい。



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