第2話 ラノベ

「お願い! その本、貸して!」


 ハーレム主・一条蓮司の幼馴染み、緒方千春が『ハーレムに埋もれた幼馴染みが幸せになる方法』を貸してくれと頼んでくる。


「でも……」


「まだ読み終わってなかった?」


「いや、読み終わってるよ」


「だったら、是非! お願いします! デート一回ぐらいならするよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は一気に冷めた。

 普通なら舞い上がるんだろうが、俺の中では逆だ。


「デートなんてしなくていいよ。持っていけ」


 俺は淡々と言い、本を差し出した。緒方は少し驚いたように、それを受け取る。


「……黒瀬くん? どうかしたの?」


「別に」


「もしかして怒ってる?」


「怒ってなんかない。ただ、あきれただけだ」


「え?」


「好きでもない男に簡単に『デートしよう』とか言うな。恥ずかしくないのか?」


 こいつは一条蓮司が好きなんじゃないのかよ。それなのに軽い気持ちで俺とデートしてもいいと思っている。その節操のなさに俺は心底がっかりしていた。


「べ、別にいいでしょ、そんなこと……」


「そうか、だったらその本読んでじっくり考えろ」


 そう言って、俺は机に腕を組んで突っ伏した。もう、これ以上話す気はない。

 緒方もあきれたのか、それ以降は話しかけてこなかった。


◇◇◇


 緒方に本を貸したのは金曜日。その日はすっかり俺のテンションは下がってしまったが、土日にラノベとアニメを大量摂取し、俺のコンディションも回復した。


 そして月曜日。教室に入った瞬間、何か違和感を覚えた。後ろの方では、いつものように一条蓮司とその取り巻きたちが騒いでいる――はずなのに何か違う。


 その理由はすぐに分かった。


「おはよう、黒瀬君」


 俺よりも遅れて緒方千春が教室に入ってきた。そう、こいつが居なかったのだ。

 珍しい。いつもは一条と一緒に登校してくるのに。寝坊でもしたのか?


「おはよう、緒方さん」


 そう口に出して気がつく。緒方が俺に挨拶したことなんてあったか? いや、絶対無いな。でも、この間、本を貸したのだからそれぐらいはしても普通か。


「はい、これ」


 緒方は本を返してきた。まだ貸して3日しか経っていない。もう読んだのだろうか。いや、違うか。


「つまらなかっただろ?」


 きっと途中で挫折したに違いない


「ううん、すごく勉強になったよ」


 緒方はハーレムの序列向上に向けてヒントが無いかを探すと言っていたな。でも、そんな話じゃ無いんだけど……


「なにか参考になるようなところがあったか?」


「うん、たくさん……私、反省したよ」


「反省?」


「うん。この本の幼馴染み、私と似てるでしょ? 他の女子に負けまいとして、必死に幼馴染みに媚びてて……それ読んでたら客観的に自分が見えてきて……情けなくなっちゃった」


「そうか……」


 確かにこの本の序盤の幼馴染みはそんなキャラだ。


「でも、途中でオタク君に助けられるでしょ?」


 無理矢理ナンパされていたところを偶然通りがかったオタク君が救う、そんな展開だ。


「そうだな。でも、あんなに格闘技が強いオタクは居ないけどな」


「確かに!」


 緒方が笑う。先週とは違い、柔らかい笑顔だ。


「でも……それからは彼に惹かれていって、幼馴染みへの執着が薄れて、ハーレムから離れていくでしょ? なんか、うらやましかった」


「うらやましかったのか……」


 あの展開をうらやましく思うとはな。『絶対にありえない!』って言って怒るかと思っていた。


「確かに私も蓮司への執着を捨てた方が幸せになれるんだろうなあ、って思って」


「まあ、それはそうだろうな」


「やっぱり、黒瀬君もそう思う?」


「もちろん。あんなところで他の女子と張り合っても仕方ないぞ。そんなのは恋愛じゃ無いだろ」


「そうだよね……」


「そもそもお前、一条のことが本当に好きなのか? 幼馴染みでずっと一緒にいたからってだけじゃないのか?」


「そうかもしれない……」


「だったら、あんなハーレム抜けちまえよ」


 これは、あの本の中でオタク君が言う台詞だ。だから、つい口をついて出てしまった。


 だけど、緒方がハッとした顔をする。

 ……やばい、さすがに言いすぎたか。


「ごめん、緒方の気持ちも考えずに余計なこと言った」


「ううん、黒瀬君の言うとおりだよ」


「え?」


「私、ハーレム抜ける!」


「マジかよ……」


「うん……この本みたいに幸せ見つけたいから」


「そうか……」


 まあ、そのほうがいいだろうな。この本では最後は自分を助けてくれたオタク君とヒロインが結ばれる。ベタな展開だけど、いいハッピーエンドだ。


「じゃあ、まずは緒方にとっての『オタク君』を探さないとな」


「それはもう見つかってるよ」


「え? 誰だよ」


「ハーレムから抜けるように言ってくれた人」


 まさか……俺のことか!? いや、そんなわけないか。他にもそういうことを言うやつがいたのだろう。


「そ、そうか。良かったな。じゃあ、頑張れよ」


 俺は本を受け取り、気まずさを誤魔化すように別のラノベを取り出した。


 しばらく読んでいると、視線を感じる。

 ふと横を見ると、緒方が頬杖をついて、じーっと俺を見ていた。


「な、なんだよ」


「別に……黒瀬君ってちゃんと見たら案外……だなあって」


「はあ? 俺がなんなんだよ」


「ふふ、秘密! ねえ、今日、一緒に帰っていい?」


「は? 今日は本屋に寄る予定なんだけど」


「私も行く! 面白い本、教えてよ!」


 ……どうやら緒方に懐かれたらしい。

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