第4話 転身

秋の風が吹き始めた。

坂道の桜並木が、ゆっくりと色を変えていく。

病院の駐車場の奥に、白いタントが見えた。

ボンネットに積もった落ち葉を、のりえが手のひらで払っている。


「久しぶり。」

「元気そうだね。」


それだけで、半年ぶりの再会だった。


のりえは少しやせたように見えた。

白衣の代わりに薄いグレーのカーディガンを羽織り、

髪は少し短くなっていた。


「病院、辞めたんだ。」

言葉は淡々としていたが、瞳の奥には決意があった。


「夜勤が多くてね。体がもたなくて。

でも、少し休んだら、やっぱり“地域で支える仕事”がしたいなって思ったの。」


和昌は黙って聞いていた。

のりえの口から“地域”という言葉が出た瞬間、

以前のLINEのメッセージがよみがえった。


「いつか、地域の人と一緒に働く仕事がしたいんだ。」


あのときの一文が、未来へつながっていた。


「今、保健師の採用試験を受けてる。

合格したら、来春から市の健康福祉課で働くことになるかも。」


風が吹き抜け、落ち葉が二人のあいだを横切った。


「すごいね。」

「そんなことないよ。ただ、今度は夜勤がないだけ。」

のりえは小さく笑った。


「先生はどう? 仕事、慣れた?」

「うーん……慣れたというか、慣れざるを得なかった。」


そう言いながら、和昌は空を見上げた。

忙しさに流され、理想を語る余裕もなかった。

「正直、まだ生徒とうまく関係を築けないときもある。

でも、支援の中で“自分ができること”を見つけたいと思ってる。」


のりえはうなずきながら言った。

「私たち、似てるね。

どっちも、“誰かのため”の仕事をしてる。」


その言葉に、胸の奥がじんと温かくなった。


しばらく沈黙が流れた。

駐車場の奥では、病院の職員が出入りしている。

二人はその喧騒の外側に、静かに立っていた。


「ねえ、」

のりえが少し照れたように言った。

「もし受かったら……お祝いしてくれる?」


「もちろん。」

和昌は笑った。

「そのかわり、先生も春まで頑張るって約束して。」


のりえも笑ってうなずいた。

秋風が吹き抜け、二人の間に金木犀の香りが流れた。


――次の季節、また会えるような気がした。


🕊️ ― 第4話・続く ―


🌸次回予告(第5話)


「再会と約束」

春。のりえは保健師として新しい職場に立ち、

和昌は二年目の教員として生徒と向き合う日々。

再び訪れる坂道で、二人はそれぞれの“答え”を見つける。


🪶著作権表記


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