第17話 3体のゴーレム
朝の光が、オアシスの水面を薄く照らしていた。
砂の大地に、緑が三つ並ぶ。キャベツ畑、Cコーン畑、Aサボテン畑。
レンはその間をゆっくり歩きながら、手にしたカップを傾けた。
サボテン果汁のスムージーが喉を滑る。ほんのり甘くて、砂漠の朝にはちょうどいい。
「……順調だな」
隣でクボタがセンサーを点滅させた。
「生育指数一〇五%。生産安定域に突入なのだ」
「突入て言い方やめろ。農業に戦闘報告はいらねぇよ」
「比喩表現なのだ」
「だいぶ攻撃的な比喩だけどな」
風が吹いて、畑の葉がさわさわと揺れた。
しばらく眺めてから、レンはふと思い出したように言った。
「そういえば……お前、寝てる?」
「省エネモードは存在するが、使用していないのだ」
「いや、してくれよ。昨日の夜も畑の見回りしてたろ」
「作業負荷率七二%、連続稼働一六〇時間、異常なし」
「それ、異常って言うんだよ……」
レンは額を押さえた。
「お前が壊れたら、この星ごと詰むからな」
「ボクは壊れないのだ」
「信じたいけど、念のために手を打っとくか」
レンは空を見上げた。オアシスの端に並ぶ、砂に埋もれた金属の影。
以前、食糧消費の負荷を考えて停止させた二体のゴーレム。
「……そろそろ、あいつらを起こすか」
⸻
船の整備区画は薄暗かった。
長い間動いていないせいで、金属の匂いが少し錆びついている。
クボタがライトを照らすと、壁際に二体のゴーレムが立っていた。
ひとりは体の一部が黒鉄色で、表面に魔導紋のような刻印。
もうひとりは白銀色で、背中に翼のようなパーツが折りたたまれている。
「内部電力残量、ゼロ。外部供給ライン再接続するのだ」
「了解。……んじゃ、やるか」
レンはケーブルをつなぎ、パネルのスイッチを押した。
低い唸り音が響く。やがて、黒鉄のほうの目が青く光った。
「……なんや、また働かされるんかいな」
関西訛りの第一声に、レンは一瞬固まった。
「おい、喋ったぞ!?」
「人格データに方言モジュールがある個体なのだ」
「方言って、AIにいんのかよ!」
「お前ら、うるさいなあ。久々に起きたら耳が痛いわ」
黒鉄のゴーレムが腕を組んだ。
「ワイはサイトウ、ゴーレムや。主に魔導炉の安定制御、修復、再利用。節約のプロやで」
「節約て……お前、クボタの正反対っぽいな」
「無駄を省くっちゅう点では同じやけどな。ワイは“情”も勘定に入れるタイプや」
「感情的判断は誤差を生むのだ」
「誤差ちゃう、“味”や。あんたの報告書、薄味すぎるねん」
「味覚評価におけるデータ相関を――」
「もうええ、話長なる」
レンは笑って手を振った。
「仲良くしろよ、二人とも。ケンカすんな」
「議論なのだ」
「関西的ノリや」
「……もうだめだ、会話のフォーマットが合ってねぇ」
レンは深呼吸して、次のゴーレムを見た。
白銀の個体、電力供給を開始すると、翼状パーツがぱたぱたと動いた。
「わっ、すんません! 起動直後に反動で動いちゃったッス!」
「落ち着け落ち着け! 壁にぶつかるな!」
「すんませんッス! ……うわ、眩しいッスね外!」
「まだ整備区画の中だよ!」
クボタが頭を押さえた。
「エネルギー消費率二〇〇%。非効率的なのだ」
「元気なのは悪くないやろ」サイトウが笑った。
「ワイら三体揃えば、なんやかんや楽しくやれるんちゃうか?」
「それ、フラグの匂いしかしないな……」
⸻
三体の起動確認が終わると、横並びに整列させる。
「さて、改めて役割分担を確認するか」
「ボクは農業・生産管理・分析担当なのだ」
「ワイは魔導制御と修理、あと資源節約の相談係や」
「オレは探索ッス! 空も水中もOKッス! でも、燃費悪いッス!」
「自覚あんのかよ……」
「ありますッス! ……けど我慢できないタイプッス!」
「……この星、急ににぎやかになったな」
クボタが淡々とモニターを点けた。
「各自の内部シードバンクに保管されている植物種を確認するのだ」
レンは覗き込み、目を見張った。
「これ、まだ生きてんのか?」
「生体データ劣化率二%、再生可能なのだ」
サイトウが腕を組んだ。
「せやけど、今使うのはもったいないで。せっかく保存効いとるんやし」
「そうだな。タイムカプセルに移しておくか」
「ほな、運搬モードで出すで」
三体が動き出す。胸部が開き、光るカプセルの中から小さな袋が次々と浮かび上がる。
ゴロゴロと大きな種、マメ、謎の黒い穀物、、
クボタが慎重に受け取り、タイムカプセルの上部スロットに入れていく。
光がふっと明滅して、収納完了。
「転送安定。保存完了なのだ」
「よし、これでしばらくは種に困らねぇな」
「まあ、うっかり全部植えたりせんようにな」サイトウが釘を刺す。
「やらねぇよ……多分」
「“多分”の時点で不安しかないッス」ヤマダが苦笑する。
⸻
昼下がり。
船の外では、ヤマダが翼を展開してオアシス上空を飛んでいた。
「高度五十メートル! 視界良好ッス!」
「落ちんなよー!」
「ご主人の声が風で飛ぶッス!」
「お前が飛んでんだよ!」
クボタは端末を見ながら淡々と報告する。
「外気温三七度、湿度五%。この時間帯の活動は非推奨なのだ」
「でも楽しそうじゃねぇか。あいつ、笑ってるぞ」
「感情データではなく、ただの過負荷ノイズではないのか」
「そういうのを“楽しそう”って言うんだよ」
サイトウは畑の土を手で掬いながら呟いた。
「……ええ土やな。あのサバカンっちゅう装置、ようできとるわ」
「砂を肥料化するのは効率的な再構成技術なのだ」
「せやけど、“ええ匂いがする土”っちゅうんは効率や理屈やない。これ、生きもんや」
「土に生命感情は存在しないのだ」
「あると思て扱う方が、ええ作物になるもんやで」
「非科学的なのだ」
「だから面白いんや」
レンは二人のやり取りを聞きながら、ふと笑った。
「お前ら、漫才でもやってんのか?」
「事実確認を行っているだけなのだ」
「ええやんけ、ご主人、笑ってるわ」
「……まあ、悪くないな。賑やかで」
⸻
夕方。
船内では、3体がそれぞれの持ち場で動いていた。
クボタは農業データを整理、サイトウは工具と部品を整頓、ヤマダは外壁の点検。
レンはタブレットで全体の配置図を眺めながら呟いた。
「改めて見ると、よくここまで整ったな」
「現状報告なのだ。居住区一、作業区一、食糧庫一、風呂区一。
電力稼働率七一%、食糧保存量三ヶ月分。環境安定状態維持中」
「理想的やんけ。ようやっと“暮らし”っちゅう形になってきたな」サイトウが頷く。
「次の課題は拡張ッスね! 外に観測塔建てるとか!」
「お前、もう飛ぶだけで十分働いてるよ」
「でも観測塔あったら風向きとかも測れるッス!」
「……まあ、夢は悪くねぇか」
「効率向上が見込まれるのだ」
「またそれや」サイトウが笑った。
「夢と効率、両立するんが一番やで」
⸻
夜。
オアシスの上空に、三体のランプが静かに光っていた。
ヤマダが低空を旋回しながら報告する。
「周囲五キロ、異常なしッス!」
「了解なのだ。エネルギー残量四〇%以下、帰投指示」クボタが言う。
「え、もうッスか? もうちょいだけ――」
「帰るのだ」
「はいッス!」
ヤマダが素直に着地すると、サイトウが拍手した。
「素直やなあ。ええ子や」
「評価:従順すぎるのだ」
「ほっとけや」
レンはサボテン果汁をすすりながら、三体の動きを見ていた。
「……にぎやかになったな」
「環境ノイズ、三〇デシベル増加」
「悪くねぇノイズだよ」
「人の声がする家っちゅうんは、それだけで価値あるもんや」サイトウが言う。
「明日は外の地形マップ広げてくるッス!」ヤマダが胸を張る。
「頼んだぞ、ヤマダ」
「了解ッス!」
風が吹き、砂が静かに舞った。
夜のポカリスは、もう“ひとりの開拓地”ではなかった。
三体の光が並んで揺れ、その明かりがレンの笑みを照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます