第4話 禁書指定と、夜の襲撃

夜更け。

インクの香りが漂う小屋で、俺は机に向かっていた。


「“風属性の魔法は、呼吸と同じだ。止めようとせず、流れに乗ること”……か。うん、悪くないな」


ペン先がさらさらと音を立てる。

隣の部屋では、リアナが寝息を立てていた。

日中の訓練で疲れたのだろう。

それでも、寝る前に何度も同じ質問をしていた。


「リオン先生、魔法って、怖くないですか?」


「怖いと思ってるうちは、まだ“魔法に愛されてない”だけです」


そう答えると、リアナは少し微笑んで──安心したように眠りについた。


……あの子は、強い。

でも同時に、とても脆い心を持っている。

王女である以前に、ひとりの少女だ。


そんなことを考えていると──


ドンッ!


突然、窓が弾け飛んだ。

夜の静寂を裂いて、黒い影が三つ、部屋に飛び込んでくる。


「……やっぱり、来たか」


黒衣の男たち。

胸には“古き魔導派”の印。

王国でも根強く残る、貴族至上主義の魔導士たちだ。


「リオン=グレイ。貴様の書物は“禁書”に指定された。

民衆が魔法を学ぶなど、秩序を乱す愚行!」


「寝込みを襲うのが秩序か?」


俺は立ち上がり、静かに指先を上げる。

空気が、かすかに震えた。


男たちは笑う。


「無駄だ。我らの魔封陣の前では、魔法など発動し──」


──“ふわり”。


光が、浮いた。


「……なっ!?」


床に散ったインクが、風に舞い上がり、黒衣の男の足元にまとわりつく。

次の瞬間、ドンッ! と音を立てて、空気が弾けた。


男たちは壁に吹き飛ばされる。


「俺の魔法は、“理屈”でできてるんですよ。

封印も障壁も、理論を理解してしまえば、ただの数式です」


倒れた男がうめき声を上げる。

その背後で、もう一人が短剣を構えて突進してきた。


「陛下の犬めぇええ!」


「ちがう。俺は、子どもたちの味方だ」


風が、螺旋を描いた。

突き出された刃は、風の膜に阻まれて止まる。


そして──静かに、折れた。


残る一人が怯えながら後ずさる。

だがその目が、リアナの部屋の扉を捉えた。


「……王女を連れて行けば、まだ……!」


「──やらせない!」


リアナの声が響いた。

ドアが開き、彼女の手の中に、小さな光の球が生まれる。


「“灯れ(イルミナ)”!」


弱々しいが、確かな光。

その瞬間、男が怯み、俺の風弾が直撃した。


静寂が戻る。


リアナは息を切らしながらも、震える手で光を見つめていた。


「リオン先生……わたくし、できました……!」


「ええ。立派に、灯せてましたよ」


彼女は涙をこぼした。

恐怖ではなく、達成の涙だった。



夜が明けるころ、王都からの使者がやってきた。

襲撃者の遺体を運び出しながら、険しい表情で報告する。


「古き魔導派が本格的に動き出しました。彼らは“魔導の平等化”を国の転覆と見なしています。

王女殿下がこの家に滞在していることも、すでに知られています」


リアナは唇を噛んだ。

俺は静かに言う。


「……なるほど。じゃあ、少し早めに次の本を出さないといけませんね」


「え?」


「“風の章”は、もう完成が近い。

もし俺の書が禁じられるなら──

人々が“読まなくても覚えられる魔導書”を作ればいい」


リアナが目を瞬かせる。


「読まなくても……?」


「つまり、“魔法そのものに記憶を刻む”。

読む代わりに、光と風の動きで魔法を“体験”させるんです」


ルーカス使者は目を見開いた。


「ま、まさか……それは王国でも前例のない技術ですよ!」


「だから面白いんですよ。

知識は、封印できない。必ず風に乗って、届くものです」


リアナがふっと微笑む。

夜明けの光が彼女の髪を照らして、まるで小さな灯火のように輝いていた。


「リオン先生……次は、わたくしも一緒に書かせてください」


「ええ。あなたの魔法のページを、一緒に作りましょう」


その瞬間、俺の胸の奥に確かな確信が生まれた。


──“この子は、世界を変える風になる”。

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