第30話

「これは…一体何があった!?」


 一同が声のする方向を見やると、見慣れない少女が立っていた。


「あら、お見掛けしない方ですね。どちら様でしょうか。」


「アタシはドワーフ族のコルガ。近くの村で鍛冶屋をさせてもらってる…って、そんなことはどうでもいい。アンタら、噂のエルフたちだな。さっきの爆発音はアンタらか?」


「いや、俺だ。」


「あれ?もしかして、若様?」


 コルガは目を丸くし、驚いている様子だ。どうやら以前トシに会ったことがあるらしい。


「俺のことを知っているのか?」


「もちろん。若様が産まれた時から知っているよ。何せ、赤ん坊だったアンタを抱かせてもらったことがあるからね。アタシの自慢さ。」


(見た目は十代半ばくらいに見えるが、ドワーフも長命種だったな。確か大体200年以上は生きると文献にあったな。このコルガとやらも、見た目以上に年齢を重ねているに違いない。)


「ところで若様。さっきの爆発はアンタの仕業ってことだけど、何をしでかしたんだい?」


 コルガは訝しんでいるようだ。それもそのはず。これだけの騒ぎを起こしておきながら、兵士の一人もかけつけないからだ。若い頃のチオのように、魔導具の暴走事故でも起こしたのではないかと考えているのかもしれない。


「心配をかけてすまん。俺の修行の一環だ。一対多数の戦いを想定した、な。」


「修行…?トシ様が…?」


「どうした?おかしいか?」


「いや、別に…少し意外だったから…でも、そうだよね。最後に会ったのは5年前だもん。人間は成長が早いし、そりゃ変わるよね。」


 どうやら彼女の中での“若様”は、当時の気弱で病弱な少年のままで止まっていたらしい。


「あ、ごめんね。若様。流石に今のは失礼過ぎたよね。アタシったら、つい…」


「いや。気にしていない。ところでコルガ。」


「なあに?」


「お前、鍛冶屋だと言ったな。武器は打っているか?」


「うん。もしかして、何かご注文かな?」


「ああ。刀を一振り打って欲しい。」


「いいよ。明日鍛冶屋に直接来てくれる?若様に合った物を打つために、身体測定とかしたいからさ。」


「わかった。場所は?」


「近くにあるドワーフの集落だけど、迎えの馬車を寄越すよ。昼2時くらいでもいいかな?」


「ああ。」


________________________________________


「見ろ。伯爵様のご子息がいらっしゃったぞ!」


「嗚呼、遂にこの日がやってきたんだねぇ…。」


「トシ様!トシ様!」


 トシの乗っている馬車に気が付いたドワーフ族の群衆が声を上げる。今日、トシは午後の訓練を休み、ドワーフの集落へとやってきていた。鍛冶屋の前で馬車を降りると、群衆が近くまでやって来て歓声を上げた。男女問わず誰も彼もが、今の自分と同じくらいの身長だ。


(初めて見たが、本当に小さいな…。子供の俺と同じか、それより低いじゃないか。)


 だが、男は皆、筋骨逞しく、百戦錬磨の戦士の気迫を感じさせられた。仮に戦った場合、自分は勝利することが出来るだろうか。


「珍しいかい?」

 鍛冶屋の入り口の取っ手に手をかけながら、コルガが悪戯っぽく笑う。


「まあな。」


「トシ様!」


 近くにいたドワーフ族が話しかけてきた。身長に似合わず、見事な髭を蓄えた中年の男性だ。


「何だ。」


「お元気そうで何よりだ。後で家で取れた茶葉を届けさせる。風邪予防やリラックス効果、僅かだが魔力回復効果まである。是非活用してくれ。」


「ありがとう。」


「トシ様~!家で取れた野菜も後で送らせてくれ~。」


「トシ様、無茶しないでね。」


「トシ様、後で家のビールでも飲んでかねぇ~か~?」


「おい、トシ様はまだ10歳だぞ。」


「何言ってんだ。俺が5歳の頃には、酒は一通り嗜んでたぞ。」


「バカおめえ。トシ様とおめえを一緒にすんじゃねえ。」


「そうだそうだ!」


 どっと笑いが起こる。どうやらドワーフ族とは陽気な種族らしい。


「トシ様、家の肉も送るよ。」


「トシ様…」


 数名のドワーフ族が話しかけようとしたその時、鍛冶屋のドアが勢いよく開き、体格のいいドワーフ族の女性が姿を現した。


「アンタたち、いい加減にしな!トシ様が困っているだろう!」

 その一言に、他のドワーフたちはすごすごと引き下がった。


「わざわざ来てくれたのにすまないねえ、トシ様。さあさあ、中にお入りよ。コルガと後ろのお嬢ちゃん達も。」


「お、お邪魔します…。」


「お邪魔します。」


「お邪魔しまーす!わー、すっごーい!見て、ソフィア。色んな武器が置いてあるよ!」


「チュルル。売り物なんだから、無闇に触っちゃダメよ。」


「わかってるよーっ。」


 ドワーフの夫人はソフィアたちのやり取りを微笑ましそうに見守っていたが、やがてトシの方に向き直った。


「さて、挨拶がまだだったね。アタシはヴェイラ。旦那と一緒にこの店を切り盛りしてる。昔はお屋敷にいて、ハオ様にお仕えしていたこともあるんだよ。」


「母上に…」


「ああ。さっきは悪かったね、皆嬉しいのさ。トシ様が元気になって、アタシらの村を訪ねてくれたもんだからね。…おっと、すまないね。お客様を立たせたままで。適当にその辺に座っとくれ。今お茶を淹れるよ。コルガ、アンタはウチの亭主を呼んできとくれ。」


「わかった。」


 ヴェイラとコルガが奥へ姿を消すと、ややあって屈強なドワーフの中年男性が姿を現した。トシよりも背が高く、彼もまた床まで届くほどの立派な髭を蓄えていた。


「おお、トシ様!久しぶりだな!前会った時は赤ん坊だったのに、大きくなったもんだ!…まあ、俺のことなんか覚えちゃいないだろうがな!ガハハハッ!

俺はガルドールだ。改めてよろしくな。トシ様。」


「ああ…アンタも昔は屋敷にいたのか?」


「いや。お屋敷勤めをしていたのは、ウチの母ちゃんだけよ。無骨な俺には、この仕事以外合わねえからな。

それにしても、随分可愛らしいお嬢ちゃんたちも一緒じゃねえか。皆トシ様のガールフレンドかい?」


 ソフィアとカアラの顔が、一瞬にして髪と同じくらい赤く染まった。チュルルは無邪気に尻尾を振り、「そうだよーっ。」と言ってトシに抱き着いてきた。


 トシはチュルルを押しのけると、トシは早速本題に入った。


「ガルドール。今回アンタに打ってもらいたい刀なんだが…」


 トシはポケットから紙を取り出すとガルドールに見せた。そこには、前世で愛用していた“日本刀”のデザインが描かれていた。…お世辞にも上手とは言えなかったが。


 だが、流石にガルドールはプロであった。拙い絵でも大体の特徴は把握したらしく、頷くとトシにいくつか質問をした。


「…なるほど。大体わかった。」


「出来そうか?」


「任せろ。俺に打てねえ武器は無い。」


「どのくらいかかる?」


「申し訳ねえが、1ヶ月ちょいは欲しい。他の注文もあって忙しくてな。」


「わかった。代金は出来上がってからか?それとも今か?」


「出来上がってからでいい。コルガに屋敷に届けさせるから、その時に。」


「わかった。」


「ねーねー、トシー。あたしもその刀?っての欲しいー!」


 トシに甘えるように頼むチュルル。尻尾をパタパタさせ、大きな黒い瞳はキラキラと輝いている。


「…お前、剣術は興味ないんじゃなかったのか。」


「そーだけど、トシとお揃いの武器欲しいんだもん!ね?可愛いガールフレンドからのお・願・い!」


「ハッハッハ、モテる男は大変だねぇ、トシ様。ほら皆、お茶が入ったよ。」


「お、わりいな。母ちゃん。」


「アンタのはないよ。」


「ハァ…ソフィア、カアラ。お前たちも欲しいか?」


「それは…欲しいですけど、でも…」


「私も…流石に刀は…その…」


「気にするな。三人分俺が支払う。頑張っているお前たちへの賞与だ。」


「えっ…よろしいのですか?」


「わーい!やったー!トシ、だーい好きぃー!」


「急に飛びつくな。だが、お前たちの分は後回しにさせて貰うぞ。それでいいな?」


「はい!勿論です!」


「ありがとうございます。トシ様。私、より一層励みます!」


 後に新撰組隊士の象徴となる日本刀。それが初めて異世界に誕生するきっかけとなった日であった。この日の出来事を、4人は生涯に渡り忘れることは無かったという。

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