第23話

 三月。雪解けの水が大地を潤し始め、木々の梢からは小鳥のさえずりが聞こえるようになった。とはいえここは北国、まだ吐く息は白く、肌を刺す冷気も残っている。

 そんなある朝のこと――ヒル=イヴリンがパンッと手を叩いた。

「先日告知した通り、今日は“実戦訓練”に行きましょう!」

 これまでの対人、対魔物を想定した通常の“訓練”ではなく、実戦形式での訓練――即ち、魔物たちとの実戦だ。

(俺と違って他の連中は実戦経験がねえ。いい機会だろう…。最も、対魔物は俺も経験がないがな。)

 かつて、新撰組副長として、数多の実戦をくぐり抜けてきたからこそわかる。訓練だけでなく、実戦を積むことが如何に重要かということが。

(これまで学んできた、剣術や魔法を“実際の戦い”で試すこと。そこに意味がある。訓練と違って、相手は待っちゃくれねえからな。)

 トシ、ソフィア、チュルル、カアラ、そしてエルフ姉妹の六名は、脚部に身体強化魔法を付与し、森の中を木から木へと飛び移っていた。

「きゃっほー♪木から木へ飛び移るの、楽し~♪風が気持ちいい~!」

「チュルル、遊びに行くんじゃないんだからね!」

(…呑気なもんだ。)


 程なくして、目的地である山岳地帯に辿り着いた一行。遠くに伯爵邸が小さく見える。

「見て見て~トシ~!お屋敷があんなに小さく見えるよ~!」

「ああ。そうだな。…それで、ヒル。どいつと戦うんだ?」念のため、山岳地帯に入る前から魔力探知は欠かしていなかった。この一帯には危険な魔物は少なく、実戦訓練には適していると言えるだろう。

(…まあ、事前に下調べしていたんだろうがな。)

「はい。この辺りには、スライムや、大角ネズミ、大ムカデ、吸血コウモリなどが出現するようです。その辺を片っ端からやっつけちゃって下さい!」

「え~!何かどいつもこいつも弱っちそう~!そんなんじゃあ張り合いがないよぉ~!」地面にお座りして不満気にするチュルル。

「ひよっこの癖に生意気を抜かすな。」

「な、何!」シルの一言にカチンときたのか、チュルルが立ち上がって牙を剥く。

「実戦も碌に知らん半人前が。お前のような奴にはこの山に住む魔物程度で十分なんだよ。」

「ちょっと、お姉様…」

「言ったなー!?こうなったら、あたし一人でこの山の魔物を全部片づけちゃうんだから!」

「やってみろ。出来るものならな。」

「やってやろうじゃん。スライムや大角ネズミなんて、あたし一人で…」

「おい、チュルル。いい加減に…」トシが制しようとしたその時、ソフィアが前に進み出た。

「ダメよ、チュルル。ね?」

「ガルルッ…でもあいつが…」

「ね?」

(えっ、あのソフィアが笑顔で圧をかけてる…。)カアラは驚きを隠せなかった。

「くぅん…わ、わかった…。」耳と尻尾を垂れ、しょんぼりしたように大人しく引き下がる。

(あいつ…この数か月で随分変わったな…。何があったんだ…。)

「はいはい。喧嘩はここまで。仲直りですよ~。ほら、お姉様も…っていない!?」全員がソフィアとチュルルのやり取りに目を奪われている中、金髪のエルフはひっそりと姿を消していた。

(全く…お姉様もチュルルも、自由奔放過ぎます…。)頭を抱えるヒルであった。


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 どうせならゲーム形式にした方が燃えるだろう、というヒルの発案で、今回は二班に分かれて、「どちらが魔物を多く狩れるか勝負する。」ということになった。ソフィアの希望で彼女はチュルルと組むことになった。他の二名を気遣ったのだろう。実に彼女らしい。とトシは思った。

「じゃあ、私はトシ様とですね。よろしくお願い致します。」カアラがローブの裾を摘まみ、一礼する。

「ああ。こちらこそ。」


 ヒルはルールを説明した。纏めるとこのような感じだ。

①必ず二人一組で行動すること。どちらかが勝手に離脱した場合、ヒルから通信用の魔道具を通して注意される。従わない場合は、即刻お仕置きを受けるとのこと。


②倒した魔物の素材は、回収が困難な場合を除き、必ず回収すること。何体倒したかカウントするためだ。


③制限時間は1時間。終了するとヒルから魔道具を通じて連絡が入る。終了後は速やかにこの場所に戻ってくること。戻らない場合もお仕置きを受ける模様。


「なお、負けたチームには、私の調合した新薬の被験者になって頂きま~す♪」

 ヒルが谷間から取り出した小瓶をひょいと掲げた。中には怪しい色の物体がグツグツと蠢いている。

「じゃーん♪新作・ヒル特製ポーションです!疲労にすっっごく効くんですよぉ~?(味の保証はしませんけど!)」


 その笑顔に皆は引き、絶対に負けないことを固く誓い合うのであった。


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<トシ・カアラチーム> 

 事前に魔力探知した通り、出てくるのはスライムや、大角ネズミばかり。たまに大ムカデが出てきて、洞窟の近くに寄れば吸血コウモリがちらほら姿を見せる程度であった。だが、これは強さを求める訓練ではない。あくまでも、「これまで学んできた技を、どう実戦で活かすか。」――それが本当の狙いだ。


 ヒルは水晶玉を通して彼らを見守っていた。傍らではどこから出したのか、怪しげな釜がぐつぐつと煮立っている。


「またスライムか…。」

 トシが剣を抜くと、刃に魔力が流れ、一瞬で燃え盛る炎を帯びた。広範囲を薙ぎ払う魔法剣技が弧を描き、スライムたちを一瞬で焼き尽くす。。

「雷のサンダーアロー!」隣ではカアラの放った電の矢が、一気にスライム5体を貫いた。

 これにてスライムは全滅…と思いきや…。

「トシ様!あちらをご覧下さい!」

 カアラが指さす先を見やると、そこには見慣れない色のスライムが。通常のスライムとは異なり泥のような色をしており、戦場から逃げ出そうと斜面を懸命に登っていた。

「何だ、あのスライムは。」

「あれは確か、レアスライムです。普通のスライムよりも稀少で、良い素材になるだとか。」

「ほう…。」

 だが、レアスライムの逃げ足は速く、こうして話している間にもグングンと距離を離していく。逃がすまいと、傍らでカアラが遠距離魔法の「雷の矢」を放つが、命中精度が悪く、中々当たらない。

(俺の炎魔法じゃ、あそこまで届かないな…。身体強化で追いかけるか?いや、斜面が急過ぎる。吸着魔法を習得していない俺たちにはやや危険か…。

ならば…。)

「くそっ、このままじゃ、逃げられちゃう…。」悔しそうに拳を握りしめるカアラ。

「カアラ。」

「はい。何でしょう。」

「俺たちの力を合わせるぞ。」

 その一言に、カアラの表情がぱあっと明るくなる。

「勿論です!でもどうすれば…」

「言葉通りだ。お前の魔力を俺の刃に通し、それを俺が放つ。」


 魔法に様々な属性があるように、魔法使い毎に得手不得手が存在する。トシはどちらかと言えば、近距離~中距離型であり、魔法を遠距離に飛ばすことはやや苦手とする。だが、その代わり命中精度は中々のものだ。

 反対にカアラは中距離~遠距離型で、魔法を遠距離に飛ばすことは得意とするものの、命中精度がやや悪い。

 従って、カアラが魔力を刃に集中させ、トシが放てば、当たる可能性が高いということだ。これは先日ヒルが教えてくれたことであった。


「承知しました。でもトシ様。私と全く同じ魔力を纏って下さらないと…。」

「問題ない。始めるぞ。」

「…はい。」カアラは魔力を纏うと両手を剣に翳した。同時にトシは、感知した彼女の魔力と、全く同じ魔力を全身に纏う。そうしないと感電するためだ。瞬く間に剣が帯電し、辺りを照らし出す。

「トシ様、いつでも撃てます。」

「任せろ。雷のサンダーアロー!」

 剣先から光の奔流が迸り、粒ほどになっていたレアスライムを打ち抜いた。

黒焦げになったレアスライムは斜面を転がってくると地面に打ち付けられ、レアスライムゼリーとして粉々になった。

「やりましたね、トシ様!」

「ああ。お前のお陰だ。」

「あ、ありがとうございますっ!その…とても嬉しいです…。」カアラは目を伏せると、髪よりも顔を紅潮させるのだった…。


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 そんな二人の連携を水晶玉を通じて見守っていた、師匠、ヒル=イヴリン。

「やりますね~。私がこの前教えたことを早速活かしてますね~。偉い!お二人の成長がこれから楽しみです。さてさて~、ソフィアさんたちはあれからどうなったでしょう~?」

 水晶玉をソフィアたちに切り替える。隣では怪しげな釜が、怪しげな素材をぐつぐつと煮込み続け、この世の物とは思えない異臭を放ち続けていた…。

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