第12話
ある日の夕刻、トシは一人で森を散策していた。最近、厳しい修行の合間にこうして一人になる時間を作ることが日課となっていた。無論、ただの気分転換ではなく、修行も兼ねている。主に魔力探知の訓練だ。師匠ヒル=イヴリンによると、この世の全ての生き物は大小なり魔力を帯びているらしい。勿論、全ての生き物がその魔力を自在に操れるわけではなく、限られた一部の存在だけだ。人間やエルフは勿論のこと、他の亜人種、更にはモンスターの中にも魔力を使用することが出来る者たちがいるようだ。従って、魔力を使用する者同士の対決では、魔力探知が必須となる。それが出来なければ、相手の攻撃などを全て目で見てから対処しなければならない。が、当然そんな方法は通用しないので必然的に負けてしまう。故に、こうして空いた時間にコツコツと地道に魔力探知の訓練を重ねているのだった。
(…にしてもソフィアのやつ…客人扱いなんだから、遠慮しなくていいのに…。)
当然ソフィアも誘ったのだが、真面目な彼女は空いた時間に侍女見習いとして、伯爵邸での家事全般を手伝っているのだった。頭が良いソフィアは仕事を覚えるのが早く、カアラは後輩に抜かれまいと必死で励んでいるらしい。そんな二人の様子を想像していると、微笑ましく感じてしまうトシであった。
そんなことを考えながら歩いていると、微かに異質な「揺らぎ」を感じ取った。
(…この反応…今まで感じた人間や動物のそれとは違う…。)
魔力は十人十色ではあるが、その波長は種によって異なる。今感じた波長はこれまでに感じたことのないタイプのものだった。
(この感じ…川の方からか…。)
まるで導かれるかのように、川辺へ近づくと、そこには黒い髪と狼の耳を持つ少女が横たわっていた。全身に深い傷を負っており、呼吸はか細い。
「おい、大丈夫か!」
近くで声をかけるが、返事はない。咄嗟に懐から小さな魔道具を取り出す。これは、何かあった時のためにヒルから渡されていた通信用のものだ。トシが魔力を込めると光が瞬き、ヒルの声が響いてきた。
『はい、トシさん。どうしましたか?』
「ヒル。怪我人だ。森の川辺に倒れている。すぐに来てくれ。」
『それは大変ですね。すぐに向かいます。』
「頼む。」
トシは上着を脱ぐと、畳み、細心の注意を払って少女の頭をそこに寝かせた。念のため周囲への警戒は怠っていない。近くに少女を傷つけた存在が潜んでいる可能性があるからだ。
程なくして、ヒルとシルが駆けつけた。少女の姿を見て、ヒルの表情がわずかに険しくなる。
「…これは魔狼族ですね。迫害で数を減らしたはずですが…。」
すぐにヒルが膝をつき、傷ついた彼女の体に手を翳す。
「安心して下さい。今治します。」
淡い光が少女の体を包み込むと、少女の傷口が塞がっていく。
「……う、うぅ……。」
少女の唇が震え、かすれたうめき声を出す。そんな彼女を見て、トシは思わず拳を握りしめた。
(こんな小さな子に、何てことを…。どこのどいつだ…。)
ヒルの癒しで意識を取り戻したものの、少女の容態はまだ不安定だった。
「…ヒル、この子を屋敷まで運ぼう。」
トシが迷いなく言い切る。
「ええ。賛成です。急ぎましょう」
ヒルが頷き無言で少女を抱き上げる。伯爵邸に戻ると、何事かと出てきた父と母に出迎えられた。トシは一瞬、言葉を探す。
(…突然獣人の子を連れてきたら、流石に断られるか…?)
獣人の中には凶暴な種族もいると聞く。ケガをしている今、通常よりも凶暴になっている可能性が高い。ひょっとしたら屋敷の中で暴れる可能性だってあるのだ。
しかし、その不安はすぐに霧散した。母、ハオはすぐに駆け寄ってくると、心配そうに眉を寄せた。
「まぁ、この子、ひどい怪我を…すぐに部屋を用意しなくては。」
父、チオも頷き、使用人に指示を飛ばした。
「エリクソン医師を呼んでくれ!それから、西棟の客間を空けろ。」
その迅速さに、トシは思わず目を瞬かせた。
「…父上、母上、いいのか?獣人の子だぞ。」
だが、父はきっぱりと言い切った。
「獣人だろうと、傷ついた子供を見捨てる理由がどこにある。」
母も優しく微笑んだ。
「そうよ。人でも獣人でも関係ありません。」
──トシの胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
まもなくエリクソン医師が到着し、少女の診察が始まった。トシはその様子を廊下から見守るのだった。
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