第47話 紅蓮の終焉 ― 導師の残響

帝都ガルガンティアを覆う空は、紅の雲で裂けていた。雷鳴は遠くではなく、街のすぐ上で鳴り響く。大地が呻き、空気が焼け焦げる。その中心――“真紅の塔”跡地。帝国軍は、封印の力を転用した巨大魔導炉”紅蓮機関”を起動していた。

「これが……導師の残した力の果てか」

ケインが刀を握りしめ、噴き上がる炎の柱を見上げる。地面は崩れ、溶岩のように光を帯びていた。

「帝国が、あの“封印核”を取り込んだのね」

アリーシャが震える声で言う。

「再生派が“神を継ぐ”って言ってた……あれがそれか」

ハントが唸る。

「だが、暴走してる。誰にも制御できやしない」

ミーシャが呟く。紅蓮騎士団――かつてカルネの名のもとに誓った精鋭たちは、今や暴走する魔導兵器の制御に追われていた。

「アリウス団長! 熱圧限界を突破します!」

「退避だ! 部下を連れて下がれ!」

アリウスは鎧を焦がしながら叫び、立ち尽くす。その瞳に宿るのは覚悟と、絶望の混じった炎。

「カルネ様……あなたの紅蓮は、こんな地獄のためじゃなかった……!」

轟音とともに、地面が裂ける。炎の奔流が帝都を呑み込み、街の輪郭が赤に染まる。ケインが叫ぶ。

「アリウス! 離れろ!」

「無理だ、もう止まらん! 我々はここで果てる!」

「それでも――!」

ケインの雷が疾り、アリウスの前に防壁を張る。

「カルネが命懸けで守った火を、ここで燃やし尽くすな!」

アリウスの目に一瞬、懐かしい光が宿った。

「……お前たち、彼の意志を継いでくれ」

紅蓮騎士団長アリウスは、剣を地に突き立て、崩壊する炉心を抑えようとした。次の瞬間、塔が爆ぜた。


光が世界を覆った。耳鳴りと共に、空が歪む。“封印”が悲鳴を上げている。魔導炉”紅蓮機関”の核が暴走を始め、周囲の魔素を吸収して異界の亀裂を生み出した。

「アリーシャ、結界は!?」

「限界よ! この魔力は……次元干渉を起こしてる!」

「つまり、もうこの国そのものが崩れるってことか」

ハントが歯を食いしばる。リュカが震えながらも前に出る。

「わたし……炎の声が、泣いてる……!」

塔の中心で、カルネの遺した“紅蓮の残響”が形を成していた。人の形を保たぬ、炎の亡霊。カルネの声がかすかに響く。

――『炎は……導師に奪われるな……』

「カルネ……!」

ライラが膝をつく。

「あなたの火は、まだここに生きてる……!」

だがその声を掻き消すように、空に“導師の幻影”が浮かんだ。黒衣の影。その背後に、巨大な紋章が展開されていく――封印の円環。

『愚かなる子らよ。炎はただの器。封印は分割され、今こそ統合の刻を迎える』

「統合……だと?」

ケインが眉をひそめる。

『封印の七座――炎、水、風、雷、氷、土、光。かつて神々が分け与えた力。それを一つに戻せば、世界は“原初の姿”へ還る』

「それは再生じゃない、破滅だ!」

アイカが紅舞を構える。幻影は嗤う。

『破滅と再生は同義だ。お前たちはいずれその意味を知るだろう』

導師の手が掲げられた。空の裂け目から、紅蓮の槍が降り注ぐ。帝国軍が次々と呑まれていく。

「ケイン! 上空だ!」

雷が閃き、彼は跳躍した。

「”雷閃一文字・紫電閃”!」

紫の閃光が紅の槍を斬り裂き、爆風が塔を吹き飛ばす。地上では、アイカが風陣を纏い紅舞を回す。

「”ソードダンス・焔風の段”!」

炎と風が螺旋を描き、落ちてくる破片をすべて吹き飛ばした。

「行け、今のうちに!」

ハントが叫び、アリーシャが術式を詠唱する。

「”転移門・光界経路”展開!」

地面に光陣が描かれ、仲間たちを包み込む。だが、その中心――カルネの炎が揺らいだ。

「置いていけるか!」

ライラが叫ぶ。

「彼は、まだ――ここで戦ってる!」

カルネの炎が人の形を取り、刀を握る。

「……ケイン。雷の子よ」

「カルネ……!」

「導師の幻影を斬れ。炎は終わらない。俺たちの理想も、まだ燃えている」

その言葉と共に、炎の刃がケインの刀に宿る。雷と炎が重なり、紅紫の閃光が走った。

「――”雷炎らいえん双極閃そうきょくせん”!!!」

空を裂く閃光。導師の幻影が悲鳴を上げ、空の裂け目が閉じ始める。幻影は薄れながら呟いた。

『統合は止まらぬ。次は、“水”だ。蒼き封印が目覚める――』

その声が消えた瞬間、塔の崩壊が始まった。


瓦礫の中で、アリウスが立ち上がっていた。鎧は割れ、片腕は焦げ落ちている。

それでも剣を離さない。

「部下は……逃げたか……?」

返事はない。視界の端で、燃え落ちる紅蓮の旗が揺れていた。ケインが駆け寄る。

「アリウス!」

「来るな……俺は、もう長くない」

「ふざけるな。お前がいなきゃ――」

「いいか、雷の継承者。カルネ様はいつも言っていた。“炎は、願いの形だ”と。導師の理想も、俺たちの祈りも……燃え尽きるまでが本懐だ」

アリウスは笑い、空を見上げた。

「カルネ様……これで、少しは近づけたか」

そのまま、紅の光に包まれ、静かに崩れ落ちた。ライラが叫び、膝をつく。

「団長……!」

ケインは拳を握りしめた。

「導師……このわざわい、絶対に終わらせる」


夜が訪れた。崩壊した帝都の空に、巨大な光の環が浮かんでいる。それは封印の断片――七つの光の一つ、“炎の核”だった。アリーシャが解析式を展開し、額に汗を浮かべる。

「間違いない。導師は封印を“集約”してる。炎、水、雷……全部を一つの器に戻そうとしてる」

「封印の統合……それが、あいつの目的か」

ケインが低く言う。

「統合すれば、世界の均衡は崩壊する。魔素は制御を失い、地形も海もすべてが“原初の混沌”に還る」

「再生の理……は、破壊の理と同じだったのね」

アイカが呟く。

「導師は世界をやり直すつもりなんだ。“失敗作”だったこの時代を、消すために」

雷鳴が遠くで鳴った。ケインは空を見上げ、拳を握る。

「なら、俺たちはそれを“拒む”側だ」

「拒むって、どうやって?」

ミーシャが問う。

「一つずつ封印を“解放”し、本来の姿に戻す。導師が奪う前に、精霊たちを正しい形に還す」

エリスが頷いた。

「次は……水。蒼き封印が眠る都へ」

アリーシャが地図を広げる。

「ルシエラ。スフィン公国の南端、“蒼の大運河”がある国よ」

「行こう」

ケインが言った。その声には、もう迷いはなかった。


夜明け前。帝都ガルガンティアは、もはや“都市”ではなかった。燃え残った尖塔の影が、灰色の空に刺さる。人々は逃げ惑い、紅蓮騎士団の旗は半ば焼け落ちたまま揺れている。ケインたちは崩壊する街を抜け、東門の丘に立った。そこから見える帝都は、まるで巨大な炎の墓標のようだった。

「……終わったのね」

アイカが呟く。

「いや」

ケインは振り返らずに答える。

「まだ、始まったばかりだ」

遠くで雷が鳴る。風が冷たくなり、蒼い匂いが混じる。次なる封印の気配――“水”の呼び声が聞こえていた。炎の国が沈み、蒼の国が目覚める。それは新たな戦いの予兆であり、導師の“封印統合”が動き出した証でもあった。ケインは刀を抜き、燃え尽きた街に一礼する。

「紅蓮の意志、確かに受け取った。次は、蒼の誓いを刻みに行く」

朝日が昇り、燃え残った瓦礫の上に光が射す。その中で、紅蓮の炎が最後のひと閃きを見せ――静かに消えた。帝国は、終焉を迎えた。だが、その灰の中から、新たな“蒼の章”が芽吹こうとしていた。

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