翌ノ灯《あくるひのひかり》

@4RING_MASHROOM

序章



風が止んでいた。


木々の葉は揺れず、鳥の声も聞こえない。


世界が呼吸をやめたような静けさの中で、少女――祭華まなかはひとり、山のふもとの道を歩いていた。


足元の土は乾いているのに、靴の裏には湿った感触が残る。夜の名残がまだ地に沁みているのだろう。祭華まなかはそれを見下ろしながら、胸の奥に沈む違和感を指先でなぞるように感じていた。



「……しん。」



名を呼んでも、返る声はない。

彼女の背にあるはずの風は、もう吹かない。

それでも、足を止めることはなかった。

しんに教えられた歩き方を思い出すように、ただ前へ。


道の先、霞む山の向こうに見えるのは――灯。

いくつも、いくつも、小さな灯が群れている。

それが街なのだと気づいたのは、風がほんの一瞬、頬を撫でたときだった。


魂響たまゆら


人の営みが絶えず響き合う、不思議な街。

どこからともなく人が迷い込み、またどこかへ消えていく。

いつしか人々はそのゆらぎを畏れと愛情を込めて、魂響たまゆらと呼ぶようになった。


祭華まなかは、そこへ行く。

理由も目的も、もう曖昧になっている。

ただ、風の声を探したかった。

しんの言葉の続きを、風の流れのどこかで聞ける気がした。


彼女の首から左手にかけて、青黒い龍の刺青が巻きついてる。

光の角度でわずかに揺れ、まるで彼女の脈動に合わせて呼吸しているかのようだ。


坂を下るにつれ、灯が増える。

音が生まれ、声が混じり、匂いが風に流れる。

世界が再び呼吸を始めた。

少女はその中へ、ひとつの息として溶けていく。


明日を迎えるために、今日を歩く。

その意味をまだ知らないまま――。



これはあくるひを知るために歩むあかりたちの物語……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る