いつかのカメラと

ゆた

第1話 

 郵便屋のバイクが走り去るのを聞いたあと、郵便受けを覗くと一通の手紙が入っていた。

タカイホノカという友人からだ。

 自分宛ての手紙なんていつぶりだろう。もう、しばらく手紙を書いていない。


 僕は、ホノカからの手紙を読んだ。その手紙は、僕のことを案じてくれていて、あまり僕はそんな風に誰かのことを思えるほどの余裕を持ち合わせていないから、新鮮だったし、驚きもした。


 ホノカは、今カメラマンをしているようだ。僕は、今仕事をしていない。精神状態を患って、高卒から働いていた掃除の仕事をやめた。一人暮らしもやめて、両親の世話になっている。こんな自分を恥ずかしいと思いながら、何をしても社会に受け入れられない気がして、いろんなことを諦めている。だけど、それを友達にいうと、「あなたは何も悪くないよ。ゆっくりでいいから。今は静養するべきだと思う」そんな風にはげましてくれる。僕は、それを聞いて、逆に、甘えていてはいけないのだと思う。周りに甘えて、毎日をどれだけ人の世話になっているかも知らずに、あるいは考えようとせずに生きることが、恥ずかしくなる。それに、今のままではいけないと思う。仕事を見つけて、自立したい。だけど、障害を持っている僕は他の人のようになれない。どう頑張ったって。人が普通に恋をして、結婚したり、そういったことがないし、誰かのために行動したつもりでも自分のためでしかないような気がする。そういうと、母は、「自分に自信をもちなさい」と言うけれど、僕は落ち込むばかりだ。落ち込んだところで、できなかったことができるわけではないけれど。落ち込むよりも、できることがあるはずで、それを見つけるべきなのだろう。


 僕は、ホノカの手紙を読みながら、また自分の至らなさに気持ちが沈んでいく。カメラマンなんて、僕はなれるはずもない。芸術家になっている彼女が羨ましかった。画面の向こうにいる芸能人のように、彼女が遠くに思える。だけど、きっと彼女だって苦労があるはずだ。楽しいだけではないに違いない。そんなことも思う。カメラで写真や動画を撮ることで、食べていくには、求められることに寄り添う必要だってあるだろうし、僕は、他人をうらやんでばかりで、その人がどれほど苦労していようと大変なことを表に出さないようにしているのだとしても、それを気にかけもせずにうらやんでいるのかもしれない。そう思うと、もっと、僕だって、壁にぶちあたるとしても、少しずつ、前に踏み出すべきなのかな、と思う。


 彼女は、僕に、

『アイドルのドキュメンタリーを撮ってほしい』

 と書いていた。


 僕は手紙の返事を書いた。

 今は、錯乱状態で入院していた病院を退院して、実家で暮らしていること。いつ、精神状態がおかしくなるかわからないこと。掃除の仕事は、やめて、無職であること。毎日カメラで写真を撮るけれど、それは他人に褒められるようなしろものではないこと。

 

 何日かして、返事の手紙が届いた。


『返事をくれてありがとう。

 病院に入院していたこと、全然知らなかった。お見舞いに一度も行けなくてごめんね。そんな事情を知らずに、一方的にこんな手紙を送りつけて、迷惑だったかもしれない。私の都合で君のことを振り回そうとしていることが、申し訳ないんだけれど、でも、これは言わないといけないことだと思うし。いや、私が言いたいだけで、君には関係ないんだろうけど。でも、言っておかないと後悔すると思ったから。ドキュメンタリー撮影のこと、どうか、前向きに考えてくれないかな。』


『僕は、ホノカみたいなものは撮れないし、全然、自分の見返した写真や動画を見返してもものになっていないし、そりゃ、被写体だけはいいかもしれないけど、本当に人に見せるものではないんです。他人に見向きもされないと思う。そうなると申し訳ない。せっかく引き受けておいて、台無しにすることもありえる』


『全然、そんなこと気にしなくていいのよ。

 一度でいいから、メンバーの子に会ってみない?』

 アイドルの子がどこで何時から何時まで活動していると彼女は書いてきた。

 僕は返事を書くのをためらった。その場所に行くことも自信がなかった。僕はいつだって上手く話せないし、たとえ頑張って話そうとしたところで、微妙な反応を返されるだろうと思われたし、そのことで傷つくのも嫌だった。あとでもやもやするに決まっている。それでも、せっかく彼女が提案してくれたことを、どうでもいいこととしてなかったことのようにふるまうのも違う気がした。どこかで彼女は僕の現状を汲み取っているのかもしれなかったし、本当に困っているのかもしれなかった。僕が出ていったところで、彼女を失望さえさせてしまうような気がしたが、気持ちだけでも、その頼み事にこたえたかった。


 僕は思い切って、外出することにした。

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