お留守番できない日 #5
ゴールデンウィーク。世間が休みに浮かれるなか、私は実家に顔を出すことにしていた。母からの電話のトーンは柔らかかったけれど、そこには「帰ってきなさいよ」という圧が込められていた。
ハチをどうするか——それが最大の悩みだった。
「一日だけなら……きっと大丈夫。」
私はそう自分に言い聞かせ、ハチのために餌と水を多めに用意した。いつも過ごす場所にお気に入りのぬいぐるみも置いて、念入りに声をかける。
「じゃあ、行ってくるからね。いい子でお留守番しててよ。」
だがハチはいつものように、ただじっとこちらを見ているだけ。返事も動きもない。それが逆に胸にくる。
私が家を出て数分後——
裏口の方でカチャリ、と音がした。
ハチは静かに動き出し、裏の勝手口に向かった。そして、くちばしで器用にドアノブを押し下げ、外へと出ていった。大きく羽ばたいて空へ舞い上がると、私の車の後をひっそりと追いかけた。
彼の本心はただひとつ。「寂しかった」のだ。
実家に到着すると、母がにこやかに迎えてくれた。
「ユキ、おかえり。久しぶりね!」
「ただいま。今日だけだけどね。」
私たちは台所でお茶を飲みながら世間話を始めた。だが、心のどこかでずっとハチのことが気になっていた。
そのころ庭では、ハチが芝生の上に静かに降り立っていた。まるで庭石のように微動だにせず、ただじっと佇んでいる。
夕方、父が帰宅し、いつも通り風呂へ。そして風呂上がり、缶ビールを開けながら縁側に座って庭を眺めていたそのとき——
「……え!?おいおい、 何か大きいぞ?!?!? 銅像?!?!?」
大声に驚いた私が窓の外を見ると、父が目をまんまるにして庭を指さしていた。
「お前のペットか? お留守番って言ってたじゃないか!」
私は苦笑して外へ出て、庭のハチのもとへ向かう。
この時はハチが来ていると思っていなかった、父の勘違いか何かだと。
庭に出ると・・・
「……え!? ハチ!?!? なんでいるの!?!?」
ハチは無表情のまま、でもじっとこちらを見つめていた。その目がほんの少し、うるんでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「……ハチ、来ちゃったんだ。」
私はしゃがみこんで、そっとハチを抱きしめた。
「ごめんね。寂しかったよね。でも、会えてうれしいよ。」
その言葉に応えるように、ハチはわずかに頭を私の肩に預けた。
「……あれ、ハチってこんな甘えん坊だったっけ?」
そう思いながら、私は羽に顔をうずめた。大きくて、あたたかくて、ちょっとだけ湿っていた。
そして心の中で、そっと誓った。
「次は、ちゃんと一緒に帰ろうね。」
実家の庭に、夕陽が静かに差し込んでいた。
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