第13話

 アリーシャはロッテを置いて部屋を出て行こうとする。


「ま、待ってくださいっ」


 ロッテは扉の前に立って、アリーシャを止めた。

 押し倒してくれる人を探すなんて言われて、そのまま行かせるわけにはいかない。


「どいてくれる?」

「ほ、他のメイドに頼むって……押し倒してほしいって言うつもりなんですか?」

「もちろん、そうするしかないと思っているけれど」


 アリーシャはさらりとそんなことを言ってのける。

 どうして強気で言い切れるのだろう。


「そ、そんなことしたら……」


 アリーシャの立場が危うくなってしまうかもしれない。

 ――だって、ロッテは不可抗力で秘密を知ってしまっただけ。

 誰にも言うつもりはなかったのに、アリーシャが自ら話すとなれば話は別だ。

 絶対に、それだけは阻止しなければならない。

 意を決した表情で、ロッテは続ける。


「そんなことをしたら――アリーシャ様の今まで積み上げてきたものが、全て崩壊してしまいます。そんなこと、絶対にダメですっ。それに、アリーシャ様はイメージを崩さないようにしているんですよね……!?」


 アリーシャはみんなのために自身のイメージを守る、と言っていたはず――アリーシャのためだけではないのだ。


「でも、ロッテは私のお願いを叶えてくれないんでしょう?」


 だが、ロッテの言葉に対して、アリーシャはそう言った。

 アリーシャの願い――つまりは、押し倒すということ。

 さすがに、それを簡単に受け入れることはできない。


「そ、それは……」

「叶える気がないのなら、そこをどいて」


 ――アリーシャからは圧すら感じられた。

 本来であれば弱みを握られている立場であるはずのアリーシャに、どうしてロッテが脅されるような形になっているのだろう。

 普通は逆で、ロッテが誰かに話そうとするのを、アリーシャが止める状況ならまだ分かる。

 当然、ロッテはそんなことをするつもりはないが――どうしてか、話そうとするアリーシャをロッテが止める形になっているのだから不思議だ。

 ロッテは思わず、息を呑む。

 少なくとも、アリーシャがここを出ようとすれば――ロッテに止められるはずがない。

 迫られる決断――ここをどいてしまえば、アリーシャは言葉の通りに動くだろう。

 二人だけの秘密が、他の人にも知られることになる。

 それだけは、絶対に阻止しなければならないことだ。


(なら、方法は一つしかない……?)


 ロッテがアリーシャの願いを聞き入れさえすれば――それは二人だけの秘密のままになる。

 そんな風に考えて、ロッテは思わず自分に驚いた。


(……違う。わたしはそんなことのために、アリーシャ様の秘密を守りたいわけじゃ……)


 ――心のどこかで沸き上がる気持ちを否定する。

 アリーシャの秘密は自分だけのモノにしたいなど、いつからそんな邪な考えを抱くようになってしまったのか。

 ロッテはただ、純粋にアリーシャを心配しているだけだ。


「ア、アリーシャ様……どうにか考え直していただけませんか?」


 ロッテは何とか、アリーシャの説得を試みようとする。


「あなたが私のことを押し倒すと言えば、誰かに話すような真似はしないけれど」

「そ、そもそも、いくら秘密を知ったからって、どうしてわたしにそんなことを頼むんですか……?」


 純粋な疑問――正直、アリーシャとロッテはそこまで深い関わりにない。

 たまたま、彼女の秘密を知ってしまっただけの立場なのだ。


「私はあなただからこそ、任せたいと思ったの」

「……え?」


 アリーシャの言葉にロッテは驚きの表情を浮かべた。


「だって、そうでしょう? 私が、ああいう本を買っているのを知っても――それを黙っていてくれる。きっと、私がこういうお願いをしていることも、誰にも言いふらしたりはしないでしょう?」


 アリーシャはロッテを信頼してくれている。

 それは嬉しいことではある――実際、誰にも話したことはないし、これからもずっと話すことはない。


「そ、それは、もちろんですが」

「そんなあなただから、お願いしているの――他の人だと、どうなるか分からないから」


 見れば、アリーシャの手は少し震えている。

 ――先ほどの行動は、ロッテにこの言葉を伝えるためのものだったのか。

 もしもロッテが止めなければ、本当にしていたのかもしれないが――その先はどうなるか分からない。

 そんな恐怖心もあって、アリーシャは震えているのかもしれない。

 つまり、これはアリーシャにとっても賭けだったというわけだ。

 ロッテにお願いを受け入れさせるための、だ。

 普通に考えて危ない橋でしかない――ロッテでなければ、それこそアリーシャの秘密を誰かに言いふらしてしまうかもしれないのに。


(……わたしにしか、アリーシャ様の望みは叶えられないんだ)


 けれど、ロッテはそんな風に考えてしまった。

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