第一章
第2話
――二年前、とある辺境地にて。
複数の魔物が人里へとやってきた。
どうやら密猟者が魔物の子供を狩ったようで、怒った群れがそのまま近くの村へと押し寄せたらしい。
そんな村で――恐怖で動けなくなった少女がいた。
逃げ遅れてしまった――声も出せずに隠れていると、大きな身体の魔物の姿が見える。
「――」
口元を押さえるが、魔物は匂いを嗅いでいた。
このままではいずれ気付かれる――けれど、逃げることはできない。
やがて、魔物と視線が合った。
「……っ」
牙を剥きだしにして、少女の下へと魔物が駆けた。
殺される――すぐに理解した。
けれど、少女には戦う力がない。
もはや助からないと悟り、目を閉じた――けれど、いつまで経っても身体に痛みは感じられない。
恐る恐る目を開くと、目の前に見えたのは一人の少女の背中だった。
歳はそれほど変わらないように見えるが、身に纏うのは騎士の正装に鎧。
握った剣の刀身は鮮血に濡れていて、少女を襲おうとしていた魔物は――地 に伏していた。
「もう大丈夫。怪我はない?」
聞こえてきたのは少女の声――ゆっくりと顔を上げると、目線が合う。
すぐに答えることができなかったのは、目の前に現れた少女に見惚れてしまったからだ。
「見たところ怪我はしていないようね。すぐに終わらせるから、ここで待っていてね?」
「! は、はい……」
騎士の少女の言葉に、何とか返事をすることができた。
――そして、少女は駆け出していき、村を襲った魔物を次々と倒していく。
少女にとって間違いなく彼女は英雄であり――それが彼女との出会いであった。
***
――ロッテ・クロースがメイドを目指したのには理由がある。
かつて、アリーシャ・ゼクロシアという騎士の少女に助けられたことがキッカケだ。
ロッテは当時十三歳で、アリーシャは十五歳――まだ騎士に成り立てだった彼女は、すでにその才覚を発揮していた。
ロッテが暮らすのは『ルヴェルト王国』でも辺境地と呼ばれているが、隣接する国境は森を隔てているため安全な地として知られる。
ただし、それはあくまで国家間の戦いに重点を置いた場合に、だ。
森に住まう魔物の数は少なくはなく、その対応のためにそれなりの数の騎士が駐在していた。
その中にアリーシャもいて、ロッテの村を襲った魔物を彼女が見事に討伐してくれたのが全ての始まり。
ロッテはあと少しのところで魔物に襲われるところを、アリーシャに救われた。
――一目惚れに近い感情を抱いたと言えば、否定することはできないかもしれない。
ロッテはそこで、アリーシャのことを知った。
彼女はただの騎士ではなく、王国内でも有数の大貴族――ゼクロシア家の人間だった。
つまりは姫騎士――おおよそ、辺境暮らしのロッテとはあまりに縁遠い存在だった。
けれど、そんな彼女に少しでも近づくことができる方法が一つだけある。
それがメイドという職業だった。
ゼクロシア家ほどの家柄であれば、当然多くの使用人を雇っている。
その一人になることができれば――そんな小さな夢を持って、ロッテはメイドになったのだ。
王都に出向いて、小さな酒場で働き募集の機会を待って――ロッテは見事にゼクロシア家に雇われることになった。
下働きとはいえ、当時は本当に嬉しかったし、アリーシャのために頑張ろうという気持ちでいっぱいだった。
――けれど、現実はそう上手くいくはずもなく。
辺境生まれのアリーシャに対し、一緒に働くメイド達は陰口を叩いていた。
『田舎者はゼクロシア家に相応しくない』だとか、『メイドの基本もできていない』だとか、『一緒に働いているとこっちまで田舎臭くなる』だとか――挙げるとキリがないくらいだ。
実際、ゼクロシア家で働く人々の多くは貴族ではなくとも王都生まれが大半で、いわゆる裕福な者達だった。
そんな彼女達だからこそゼクロシア家に相応しく、ロッテのような存在はむしろ邪魔だったのだろう。
気付けば孤立していて、周囲と馴染めなかったロッテは――メイド長に辞表を提出した。
「本当に辞めるつもりですか?」
辞表を出すと、メイド長からそんな風に問いかけられた。
ロッテは迷いつつも、小さく頷く。
「ここで働き始めて慣れないこともあるでしょうが、まだそれほど時間も経っていないはず。雇ったこちらとしては、もう少し頑張ってもらいたいところですが」
「……その、申し訳ありません」
周囲と馴染めないから辞める、とはメイド長には言えなかった。
あるいは――ここで相談できればまた違ったのかもしれないが、ロッテの心は折れてしまっていた。
メイド長も引き留めはしてくれたが、ロッテの意思を汲み取り――辞表を受け取った。
――憧れでやってきたけれど、当のアリーシャとはろくに関わることはできず、ただ他のメイドの鬱憤を晴らすためだけにいる。
そんな生活に耐えられるほど、ロッテの性格は図太くはなかったのだ。
そうして――ロッテは生まれた辺境に戻り、祖母が経営する書店の手伝いをしている。
こういった土地で書物を扱うのは珍しく、昔から通ってくれるお客が多い。
――ただ、土地が土地だけに決して繁盛しているというわけではなく、ゼクロシア家で下働きをしていた頃と比べたら仕事量には天と地ほどの差があった。
今だって、店番をしている間はほとんど客足もなく――ロッテはただ暇そうに店に置いてある本を適当に流し読みしているくらいだ。
「……って、こんな生活はいつまでも続けられないよ」
小さく溜め息を吐きながら、ロッテは自らの境遇に突っ込みを入れる。
もらえるお金もお小遣い程度で――今のままでいるわけにはいかないのだ。
何か新しい仕事を見つけなければならないが、ロッテはなかなか踏み出せずにいた。
見つけた目標を失って――新しいことに挑戦するのは簡単ではない。
「……はぁ」
また、溜め息を吐く。
鬱屈な日々をこのまま送るしかないのだろうか――そんな風に考えていると、カランッと入店を知らせるベルの音が鳴った。
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