第20話 夫人”の部屋と一通の手紙



 青の部屋と呼ばれるその客室は、天井から壁紙まで淡い水色を基調とし、豪華な調度品が揃っていた。扉を開けるとメイドが手際よく電気照明を灯し、窓にはしっかりとカーテンがかかっている。大きなベッドとドレッサー、ソファセットまで完備されており、まるで貴賓室のようだ。

 しかし、ルシアーナの胸には落ち着かない思いが渦巻く。美しく整えられた部屋であるほど、自分の居場所ではないような違和感を覚えるのだ。いったい、これからここでどんな生活が始まるのだろう。愛のない侯爵夫人として、ただ飾りのように存在するのか? それとも、もっと別の“役割”が待ち受けているのか。


 メイドたちはルシアーナのドレスを手早く着替え用のローブに取り替えようとする。泥や雨で少し汚れた裾を丁寧に拭き取り、彼女の髪型も簡単に整え直す。ルシアーナはされるがままに椅子に座っていた。

 その後、使用人が去っていくと、部屋には一人きり。重い沈黙だけが降りてくる。小さくため息をつき、足元を見ると、雨の影響で靴が少し湿っていた。

 と、そのとき、ドアがノックされる。ルシアーナが「どうぞ」と言うと、執事のアイザックが入ってきた。彼は相変わらず厳格そうな表情を崩さない。


 「旦那様からの伝言でございます。『夕方になったら執務室へ来るように。それまでは部屋にいて静かに過ごせ』とのことです。こちらに必要なものが何かあれば、わたくしにお申し付けください」

 「……分かりました」

 ルシアーナはそれだけ答えるしかなかった。ヴィクトル本人が一言も顔を出さず、執事を通じて指示を出してくる。それが“侯爵家の日常”なのか。

 「それと、もう一つ。先ほど、フィオレット家から夫人宛の手紙が届いたようです」

 そう言って、アイザックは封筒を差し出す。ルシアーナが受け取ると、そこには見覚えのある筆跡が記されていた。差出人はマリアナ、妹からの手紙だった。


 アイザックが退室すると、ルシアーナは胸を躍らせながら封を開ける。そこに書かれていたのは、簡単な近況と共に、姉の安否を気遣う温かい言葉だ。

 「お姉さまがいなくなった館は、やっぱり寂しいよ。でも、わたしも母上も、そして使用人のみんなも、あなたがいつか帰ってきたときに笑って迎えられるように頑張るから……」

 その文面を読み進めるうちに、ルシアーナの瞳に涙がにじむ。結婚式直後のこの部屋で、彼女を支えているのは、遠い実家から届く妹の思いだけなのだ。

 「……ありがとう、マリアナ。わたしも頑張るから」


 手紙をそっと胸に抱き、ルシアーナは強い決心を再び胸に宿した。たとえこの屋敷で冷遇されようと、ひとまずは耐えてみせる。家族が安心して暮らせるようになるまで、クロウフォード家との契約を最大限に利用してやるのだ――そう、心に誓う。

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