誰より私に近い私へ
瀬戸川清華
第1話
「……はぁ」
地方の大学出身の佐藤陽奈はお昼休憩中にSNSをチェックしていた。
SNSには大学生のとき仲の良かった友達の幸せそうな写真が上がっている。
『#カフェ巡り』をしたや、『旅行に行ってきました!』『彼氏とデート♡』など。
みんな幸せに過ごしている。
それなのに自分はどうなのだろうか。
大学卒業後ずっと事務仕事を続け、安い年収で暮らしている。
休日も当然彼氏がいるはずもなく呆然とした日々を送っている。
みんな好きなことが目立つし、素敵なことだった。
それに比べ私は決して上手とは言えない絵を描くこと、一人で絵を見に行くこと。
絵を描くことが好きでもSNSにアップするほどの勇気はない。
私がアップするのは収入に合わないような高い店の料理や死ぬ気で作った手料理などだった。
幸せそうに見えるというのに、フォローやいいねの数は伸びない。
気が滅入ってしまった……ええい!コーヒー持ってこよう。
コーヒーを取りに行くと、先客がいた。
会社の中でも有名で美人で明るい望月凛とその仲がいい島中詩織がいたため、私は入るのを躊躇ってしまっていた。
そのときだった。
「そういえば、佐藤陽奈、いるじゃない」
凛がそういった。すると、詩織はキョトンとした顔で言った。
「そんなのいたっけ?」
「ぷっ」
凛は吹き出していた。
「ほら、事務職の地味な子」
『地味な子』
頭の中でただそれだけがぐるぐると回っていた。
「しかもさ、一回あの子のSNS見てたら、『私、幸せです』アピールがすごくて引いちゃったwww」
「うわっ!まじでぇ?最悪じゃん〜」
詩織は、スマホを取り出して画面を触っていた。
「ほんとだっ!すごっ…あの人、月収低いよね?こんな高いところのやつなんて無理してる感がすごくて笑える」
「ほんとそうだよね」
私は、そのまま自分の席に帰って行った。
目に、涙が滲んできた。
「わ、私だって、頑張ってるのに………」
私が悪い。
私が、無理に、努力したのが悪い。
私には無不相応だったんだ。
涙が溢れていきた。
ダメだとわかっていながら会社から逃げ出してしまった。
逃げ出しても行くあてがないのに…
ふと止まると知らない場所だった。
近くには、お店があった。
レンガ造りの壁と手書き風の看板にドアノブには鈴がついていて、ひっそり静かな路地に澄んだ音を響かせる。誰かの秘密基地みたいな親しみやすさがあった。
私は、恐る恐るドアを開けて入ってみた。
中は、やさしい照明に照らされていて、アンティーク雑貨が置かれていた。
白い壁と木目の棚が優しい空気をまとい、時がゆっくり流れているように感じた。
木箱の中に無造作に積まれた手作りのキャンドルと、香り袋があり、振り子時計の横には、小さな観葉植物が並んでいて、さりげなくドライフラワーのリースが壁にかかっている。
棚には、可愛らしいぬいぐるみや古ぼけた目覚まし時計、文房具など様々だった。
「きれい……」
思わずこぼれた。
「いらっしゃいませ」
私は、驚いて声のする方を向くとそこには白髪の優しいそうな顔をした人が立っていた。
「何か、お探しですか?」
「……いいえ」
「失礼しました。私は、ここの店長の深沢楓と申します。楓と気軽にお呼びください」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、佐藤陽奈です……」
私がそういうと楓さんはにっこりと笑って自己紹介をした。
「きれいなお店ですね」
楓さんは優しく、暖かな空気を纏う人だった。しかし、その瞳にはどこか寂しさがあった。
「ありがとうございます。妻と一緒に経営していたんです」
いた……
「す、すみません」
「いいえ、謝ることはありませんよ。彼女といた時は思い出として大事に取っておくものなので」
そういう考え方もあるんだ……
「何か、ご趣味はありますか?」
「絵を……いえ、特には」
『絵を描くこと』そう言えば良かったものの、私には趣味と言える程の上手さはない。
「そうですか…」
そういうと楓さんはカウンターから出てきて棚に何かを並べ始めた。
それは、色鉛筆とスケッチブックだった。
色鉛筆はどの色もほんのりくすんで、けれど主張しすぎず、おだやかに光っている。
そのとなりに置かれたスケッチブックは、分厚い紙を何枚も重ねて、表紙にさりげない植物のイラストが描かれていた。
「この間、入荷したばかりで並べ忘れていたんです」
そういって、私の方をチラリと見てきた。
「いかがですか?」
私は、胸が熱くなった。
「………ありがとうございます」
「私は、商品を並べただけですよ……」
私は、スケッチブックと色鉛筆をカウンターに持っていこうとしたが楓さんに止められた。
「お代は結構です。どうか、その子たちを大事にしてあげてください。そして、貴方も……そのままで大丈夫ですよ」
「…………他の人の歩幅に合わせなくても、ちゃんとご自分の歩き方で進めばいいんです。それが、一番自然で素敵なんですから。」
にっこり笑っていた。
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