第10話 カッター講座
芥川先生に連れられ、生徒指導室へ。
先生がソファに座り、俺はその目の前に立つ。
まあまあ重々しい空気だ。切れ長の目の男が2人、部屋で睨み合っているなんて状況だから、当然か。
気の弱い奴がいたら多分涙目になるであろうこの状況で、先生は口を開く。
「んじゃ早速だけど……脱げ。」
「直球!」
いくら先生が絶世のイケメンでも事案だよ!
もっとオブラートに包んで言ってください!
「知ってますか先生、男同士でもセクハラって成立するんですよ?」
「俺に言われて嫌がる奴とかいないし、俺とお前なら普通に画になるから大丈夫。」
どういう理論?顔が良けりゃ無罪ってこと?
自分に自信ありすぎだろこの教師。そうなるだけの能力と容姿はあるんだろうが。やっぱ嫌いだ。
「お前まどろっこしい会話とか嫌いだろ。何処にカッター隠してんのか興味あるからボディチェックさせろって言ってんの。はよ脱げ。」
「言い方どうにかならんのか?ったく……」
言い方こそ芥川先生個人の欲望だが、先程クラスで言っていたように、殺傷能力を高めた改造カッターは確かに凶器になりうる。
ここで没収しておかないと、後々俺が逮捕とかされるから、取り上げる必要があるという事だな。
しぶしぶ、俺はシャツのボタンを外し始める。
………男同士とはいえ、脱ぐのを見られるのは恥ずかしい。
妙に真剣な眼差しを向けてきてるし……危険なものを持っている生徒相手なので目を離せないってのはわかるって気持ちと、やっぱり事案だろって気持ちがせめぎ合う。
とりあえずシャツのボタンを全部外し、右側を開く。下にまだ黒いインナーを着てるから、まだ大丈夫……
俺のシャツはカッターホルダー方に布を縫い付けており、そこにカッターを刺している。
それを3段重ねて、合計は実に45本。
やろうと思えば60本くらい入るが、流石にそんなにいらない。動きにくくなるし、ガシャガシャ鳴ってうるさいからな。
左側にも同様に45本。合計90本のカッターが、俺の背中に隠れているのだ。
次は袖。こちらのカッターはホルダーというのも心もとない、紐によって絶妙なバランスで括り付けられている。
なので脇を引けば落ちるし、特定の振り方をすると射出されるのだ。
「どういうメカニズムだよ、これ。」
「知らなくて良いこともある……」
袖には1週8本を3段、合計24本だ。
45×2+24×2=138本。
俺の上半身に隠されているカッターはこれで全部。
ちなみに今は9月なのでシャツのみだが、冬になって学ランを着たら倍以上になります。
「よくもまあこんなにカッター持ってるねぇ……じゃ、下も脱げ。」
「事案!」
言われてるのが俺じゃなかったら通報からの懲戒免職コースだぞ!?
実際、下を脱ぐのは恥ずかしいんだ。
上はまだ長袖インナーを着て隠しているからいい。
突発的な動きのミスで脇や手首の深いところを雑に切ると出血多量で死にかけるから、長袖インナーでガードしないといけないからだ。
対して下は普通にパンツのみだ。タイツはない。
上に対して、雑に切れてもあまり問題にならないからだ。今の時期、インナーも大分暑いのに、タイツなんざ履けるか。
「お前が脱がないならこっちから脱がすぞ。先生を懲戒免職させたくはないだろう?」
「なんでそんなに躊躇いなく自爆特攻出来るんです?」
くそっ、もうやるしかないか。
見ないわけにはいかないだろうし、よく考えるとそもそも芥川先生の方も、野郎が脱ぐところとか本当は見たくないだろう。
でも刃物を持ってるか確認しなきゃいけないから、見ないといけないと。
うう……不快なもん見せてごめんなさい、リスカしたい……けど止められるか。
しぶしぶズボンをおろして、中にあるカッターを取り出す。やはり視線は気になる。
ズボンにもシャツの袖と同じようなホルダーがあり、こちらは4段重ねになっている。
10+8+8+5=31本、両足分で62本。
138+62=200で、俺は合計200本のカッターを常に持ち歩いているのだ。
他にもカバンに入れてる分やカミソリ、彫刻刀もあるから、俺のリスカ道具は多いものだ。
テーブルに並べられた200本のカッターを見て、芥川先生が呟く。
「よくもこんなにまぁ……………東波。」
「なんすか?」
「お前チ○コでかいな。」
無言でカッターを構える。
というかよく見たら先生の視線もカッターじゃなくて股間に向かってた。
このセクハラ教師が。ここで息の根を止めてやる。
「よーし落ち着けボーイ。殺す前に聞かせてくれ。その黒人レベルの一物について。」
「……先にこっちか。」
ズボンを履く。
このセクハラ教師の前でいつまでも下着を晒すわけにはいかない。
「俺の目分だけど、覚醒してない状態でも15cmはあった。つまり覚醒したら18……いやまさか20の大台も」
「それ以上言うな殺すぞ」
「まぁまぁ……親父さんかお爺さんが黒人だったりしない?」
「ずっと前から日本人だけの家計だよ!!」
こいつ本当に教師か?
「ま、下ネタはここまでにして……東波。流石にこの数のカッターを制服に仕込むのは真面目に駄目なの、わかる?」
「まぁ……はい。」
芥川先生はいきなり真剣な面持ちになった。
「お前がうっかりカッター落として、それ踏んで怪我する人がいないとも限らないんだよ。ただリスカするだけなら先生は咎めない。けど、カッター落として怪我させるのは普通に他者に迷惑だろ?だから、やめろ。言い方キツくてごめんな。」
「……はい。」
以前は他者のことなど全く意に介さず、常に敵意むき出しでいた。
何を言われようが気にせず、何を感じられようが知らねぇ。干渉しないし干渉するな。を徹底していた過去の俺が嘘のように、芥川先生の言葉が刺さる。
「……よし。わかってくれたみたいだし、反省はおしまい。次からカッターは殆ど落ちる事のない内ポケットとかのみに入れること。そんでもって……」
先生はテーブルに並ぶ200本のカッターをちらりと見て、
「このカッターはどうしようかって問題があるな。10本とかそんくらいなら、一旦保管しておこうかと思ってたんだけど、200かぁ……今更聞くけど、なんでこんなに持ってきてんの?今のところ先生の中では、『東波は暗殺者の家系説』と『東波は某科学と魔術が交錯するラノベに影響されてる説』の2つがあるんだけど。居そうじゃない?カッターを武器にする奴。」
「どちらかと言えば青春におかしなことがつきものなラノベの方では?いやどっちにも影響されてないけど。」
ちなみにホッチキスでのリスカ(?)はそこまで痛くない。
ハサミでのリスカは面白い感覚だが、正直あまり好きじゃない。
シャーペンでのリスカ……というか刺してるから『リスタブ』?は、普段より深いところに刺さるので結構良かったりする。だが、流れてくる血に黒鉛が混ざって苦いのが玉にキズ。甘党なのでな。
「切る時の気分で何使うか決めてるので。」
「200以上もパターンがあるんだ……?」
「正直ほぼ使ってないのも結構ありますけどね。」
200本のカッターは種類も多岐に渡る。
ダンボールを切るのに向いている厚物切りカッター、ベニヤ板等の更に厚いものを切る特大刃カッター、厚みのあるダンボールや発泡スチロールを切るのに使うギザ刃カッター、繊細作業に使う鋭角カッター、もっと繊細な作業に使うデザインナイフカッター、刃が小さく雑誌の切り抜きに使うスクラップ用カッター、布等を切る円形カッター、凹凸があるミシン目カッター、アクリル板切断用のアクリルカッター、左利き用カッターや両利きのユニバーサルカッター等々…………刃のサイズや切れ味、白刃黒刃、グリップの握り心地etc……
同じ種類でも会社によって切れ味や切る感覚は全然違ったりするので、見たことのないカッターがあるとつい買ってしまう。
「大したコレクター根性だな。集めるのにも金かかりまくったろ?だから置いておくにも不安だと思うが、どうする?」
「正直不安ですね。高いのもあるし、家で唐突に切りたくなったときにお気に入りのカッターがなかったら発狂するかもだし。……というか聞こえてた?」
「ガッツリ言ってたよ。」
マジかよこれ2回目だぞ、死にたい。
今日はギザ刃の気分です、ガリガリ……
「傷跡グロっ……」
「ギザ刃故にこうなりやすいんですよね。血も一番出るし。」
垂れてきた血を舐めながら答える。美味しい。
全国のリスカしてる人に聞くけど、血って美味しくない?俺だけかな?
「まあとにかく……また制服に仕込ませるわけにはいかないので、東波にはこれをくれてやる。」
芥川先生がさし出してきたのは、ちょっと小さめのスポーツ用バッグだ。
所々土で変色したのを戻した跡がある。古いやつか。
「安心しろ、クリーニングして中は綺麗だから。俺が昔使ってたやつなんだけど、もうほぼ使ってないから、今度からリスカ道具はこれに入れとけ。」
「え?マジ?いいの?というかなんで使ってないバッグ持ってたんです?」
「深く考える必要はないよ。そろそろ捨てようと思ってて、使い道がないか探るために持ってきてたやつだから。」
なら、そうか。
ちょっと探ってみた感じ、監視カメラとか小さいマイクとかも入ってない。
芥川先生が俺のような者のストーカーなんてするわけないけどな。
「じゃあ……ありがとうございます。使わせてもらいますね。」
俺はカッター達にしっかりカバーを被せ、丁寧にしまっていく。
刃同士が触れたらとんでもないことになるからな……
流石はスポーツ用、200本のカッターは全て収まった。
「ここに仕切りつけて、カミソリとか彫刻刀を入れてもいいな。こっちには絆創膏と消毒液……包帯……?はどうしよう。リスカできなくなるからほぼ使ってないし……」
「なんか若干医学部の学生に見えなくもないな。」
「俺と正反対の人種ですね。」
「表裏一体って言うし、案外お前みたいなの多いのかもよ?」
「この国の医療はお先真っ暗ですね。」
なんてふうに軽口をたたき、生徒指導室から出る。
「もうこんな時間か……教室に戻ったら合唱コンの練習時間だな。面倒?」
「いや、まぁ面倒ではありますけど。あれは何も考えずに歌詞覚えりゃいいから楽で結構好きです。」
「いいね。じゃ、戻るか。教室に戻ったらそのバッグを自慢しろよ?」
俺は背筋に、ないはずの寒気が伝うのを感じた。
「やったらクラスが大荒れですよ。」
この人はやはり、教師としてミスマッチだと思う。
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