第7話 俺なんかに仲間はできない

その日の夜。

夕食も食べずに、リスカの後始末もせずに、俺はスマホの前で悶々としていた。

頭の中で天使と悪魔が戦っている……


「あ゛〜……野上に『あの顔もっと見たい』って言えばいいじゃんかよぉ……」


「駄目です!昨日連絡先交換したばかりでそれはキモいでしょうよ!」


悪魔は欲望に正直で、天使はそれに否定的だ。

確かに、野上のあんな感じの顔はもっと見たい。


「知らねーよォ、上手く行けば『皆の前では笑顔が素敵な野上笑奈が、自分の前では疲れたクールな顔を見せてくる』という最高のシチュを独占することができるんだぜッ!?」


「なーにが独占ですか!こういう時は野上のマイナス感情の顔を撮影してクラスの皆にも見せてあげるのが筋ってもんです!」


流れ変わってきたな。

もしかして口悪いほうが天使なの?

叙述トリックってやつ?


「何言ってんだァお前、野上の裏の一面は俺だけが知りたいじゃんか。」


「この分からず屋め!あなたも想像してください、いつも笑顔を絶やさない野上笑奈が疲れたり、怒ったり、泣いたりしている顔をクラス中に拡散して、クラス全員の前で野上自身に野上の裏の顔をバラし、それを知った野上の絶望の顔を撮影して、家に帰ってその写真で(※帰省済)するのがいいんですよ!」


完全にこっちが悪魔だ!

天使頼む!倒せ!


「………いいかも………」


惹かれてんじゃねーよ!

というかその程度の裏の顔がバレた所で、クラスの皆は野上に失望しないだろ。俺へのヘイトが高まるだけだ。


「何を言うのですか、野上自身は傷つくかもしれませんよ!野上が少しでも絶望すれば、その表情を撮影して幸せなLIFEを過ごせます!」


「そうだぜぇ!とりあえず連絡はナシだなッ!」


まずい、天使が悪魔に。

というか何で、脳内の天使と悪魔と俺が喧嘩してるんだろう。

というか多分悪魔が勝ったのに、俺はこいつらに反発している。

小さい頃から『どちらにしようかな』と指を指したら、指した方と逆を選ぶ逆張り根性があったが故か。

とりあえず頭の中から天使と悪魔を抹消し、またスマホに向き合う。

奴らの意見はともかく、せっかくLINE交換したのだから、もっと沢山話さなければ、野上はすぐに俺から離れてしまうだろう。

かと言って、どう連絡すればいいのかわからない。中1の頃のコミュニケーションの記憶なんてものは既に忘れているし。


「………今日は大活躍でしたね、と」


「おもんねぇなッ!!」


「そんなつまらない連絡で野上を繋ぎ止めておけるとお思いなのですか?」


なんでまだいるのお前ら。消し去ったよね?

いや、俺のイマジナリー存在なんだから消えるわけないか。

俺がこいつらを望んでるってことになるな。

じゃあ、俺は今気軽に話せる話し相手に飢えてるってことなのかな。

野上にはこうやって気を使っているし、つまりはそういうことだな。

不思議だ。今まで「別に1人でいいさ」って感じだったのに、今は話し相手を望んでいる。

何か連絡しなきゃいけないけど、何を書けばいいかわからない。

でも何か画期的な事を思いつかないと。ただ闇雲にやっていたら、離れていってしまうから。

固まった泥で出来た家に閉じ込められているとして、ガムシャラに素手で掘っていたら、脱出より前に指が壊れる。

どこかからスコップや、石鹸を溶かしたお湯……もっと極端に言うなら削岩機みたいな、画期的なものを使って脱出しなければならない。

天使も悪魔もダイナマイトしか持ってきてくれないので、今必死に一人でお湯とスコップを探しているのだが……見つからないんだ。


『ありがとう、でも学校でも言ったけど、私はきっかけになっただけ。皆のお陰なんだよ。』


野上は謙虚だ。

なんというか……


「人間らしくない?」


「機械的な返信?」


「!?」


今俺は何を考えた?

皆の理想みたいなキャラの野上は、それを演じている、と?

あの時見せた疲れ顔は、演じるのに疲れた時に見せた素の顔である、と?

つまり、本当の野上は、俺と同じように、どこか病んでるかもしれないって……こと?

いやいや、そんなことは無いな。

仲間が欲しい俺の妄想でしかない。

………仲間が欲しい、だと?

俺は何故そんな事を言ったんだ?

野上なら仲間になってくれそうだからか?

そんなわけないな。

野上はクラスの中心人物で、皆を纏められるし、皆の心を自分に向かせる力がある。

対して俺は嫌われ者で、自分の心すら自分に向かわせられない弱者だ。

そもそも立っているステージが違う。

俺に声をかけてくれたのだって、上のステージから手を伸ばしてくれただけだ。


「そんな事言うなよォ、純粋にお前と仲良くなりたいのかもしれないじゃんか!?」


「そうですよ、ここは『それでも今日の野上はキラキラしてた』とでも言って好感度を」


「うるさい!」


虚空に回し蹴り。

別に格闘技とか習ってた訳じゃないから、足は微妙に上がってないし、空を切った後コケたし、散々だ。だが、天使と悪魔を消すことはできた。

俺はカミソリを取り出し、手首に『NO』という形の切り傷をつけ、止血し、さっさと寝た。

なんなんだよ。野上がそんな奴なわけないのに。

勝手に期待して勝手に絶望して勝手に発狂して。

勝手に好きになって勝手に嫌いになって勝手に一人で言い争って勝手に何もないところに回し蹴りを入れて勝手にリスカして勝手に血を出して勝手に泣いて……

自分が嫌になる。死にたいよ……

布団の中で縮こまって、涙を流す。

多分、一生分。

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