第2話 周りから見たらメンヘラです

俺が額縁を片付け終わると、始業のベルがなる。


「はいみんなァ!おはようございます!席に着きなっさーい!」


サラッサラの白いポニーテールを靡かせ、被っている灰色の中折れ帽子を押さえながら教室入ってきたのは、我らが担任、芥川シズル先生だ。

相変わらずアイドル顔負けの顔面偏差値だな。女子どころか男子も歓声あげてるよ。

短大の教育学部を首席卒業し去年からこの「千葉県立睡蓮高等学校」に勤めているそうで、今年初担任だ。

秀才で授業も面白くユーモアセンスもあり、イケメンで運動もできる……なんだこの完璧超人。生まれの格差を感じる。

でも俺へのいじめを知っておきながら止めないのでクソ教師です。

なんでこんな奴が人気者で俺が最底辺なのか。

いや、そんな疑問を抱く俺のほうが間違っているのか。

俺はゴミだ。生きててごめんなさい。リスカします。

俺が先程リスカを行ったカミソリでもう一度腕をザクッとしようとすると、いつの間にか横に来てた芥川先生に手を掴まれる。


「やめてね東波……別にリスカするなとは言わねーけど、ホームルーム中にリスカされると先生の評価下がっちゃうからさ……」


この自己中が……だがクラス中から睨まれているので、素直に引き下がることにした。

よく考えなくても、ホームルーム中のリスカは私語と同じで慎むべきものだ。衝動的なリスカを止めてくれてよかった。

俺のリスカは趣味でありライフワーク。それだけだ。世間からは受け入れがたい趣味ではあるがね。

頭ごなしに「やめろ!」と趣味を否定してきたり、別に病んでるってわけじゃないのに過剰な心配して距離を詰めてきたりする他の先生より、芥川先生みたいに「やるのはいいけど今はダメ」って感じに距離とって言ってくれる方が多少は接しやすくていい。

この人はいい人なのか悪い人なのかわからん。


「いい子だ。」


頭をポンと叩かれる。

周囲からめちゃくちゃ睨まれてる……先生、もう少し自分の影響力考えてください。

なんでこの教師はホストみたいな対応をするんだ。ホストやれよ。あんたの顔ならナンバーワンなれるだろ。

あー寒くなってきた。リスカしたいところだが、またホームルームを止めてしまうのは流石に申し訳ない。我慢するか……


うつらうつらと首を動かしながら、1限目の英語の授業を受ける。

あー何言ってんのか意味分かんねー……

なんで神様は言葉をバラバラにしたんだよ。そんなことするんだったらリスカを人類の最もポピュラーな趣味にしてください。

天まで届くバベルの塔作ったくらいで怒りやがって……神様らしくていいじゃありませんか。

腕にカッターを突き刺し、その痛みでなんとか睡魔を退けながら授業を聞いていると、前の席の男子が机の下でスマホをいじっている。

クラスLINEか。俺は当然ハブられて入っていないので、ちょっと覗いてみよう。

この時期だし、恐らく文化祭について話しているのだろうな。


『うちはフォトスタジオにする予定だけどさ、せっかくならシズちゃん先生の美貌をもっと伝えたいよなって思うわけですよ』


シズちゃん先生ってのは芥川先生の事だ。

若い先生が『○○ちゃん』呼びされるのはもはや運目ということだろう。


『ほう、続けて?』


『教室中に先生のブロマイド貼るのはどうよ』


『賛成!』


『ぜひやろうじゃないか』


『ええやん』


『私それ昨日言ったんだけどさ、「主役は生徒なんだから、俺だけじゃなくてみんなのも貼るならアリよ」って』


『先達者がおったか』


『何その返し惚れるんですけど』


『流石シズちゃん!俺たちが思いつかない所に気を回してくれる!』


『そこに痺れる憧れるぅ!』


こういう所でも芥川先生は株を上げてるんだな。


『じゃ、クラス全員の写真ここに貼ってよ。印刷するから。』


『おけ』


『センキューです』


クラスメイト達は次々に写真を送っていく……が、ここに1人、心優しき者がいた。


『全員か……東波は?誰かあいつの連絡先とか写真持ってる?』


その瞬間、誰も実際に喋っていないはずの教室が静まり返った。

英語の先生(芥川先生ではない)は、私語が少なくなってご満悦のようだ。


『あーそっか……誰かいる?俺はないわ』


『私もないよ。原田は?』


『ないです……』


『そりゃそうだろ、誰があのクソメンヘラと関わりたいんだよ』


『まあね……』


『話しかけたら粘着してきそうでやだ』


『何もしてなくても時折刺してきそうな目で見てくるんだぞ、関わったら最期カミソリで切り刻まれるわ』


『つーかなんでこの学校はあいつをそのまま置いてんだよ隔離しろや』


『自由を尊ぶうちの校風を呪え……』


『自由にも最低基準はあるくね?』


『それ』


『いくら自由な校風でも公然とリスカする異常者は隔離すべきと思われるが……』


『「他者に危害を加えない範囲での自由」だし』


なるほど、こんな感じで毎日俺の悪口大会してるのね。

しかし俺はただリスカするってだけで、世間で言われる『メンヘラ』とは違う存在だと思うんだけどな。

まぁ同じに見えるのは仕方ないかも。

でも、陰口ってのはやっぱり傷つくな、リスカ……あ、今やってんじゃん。


『もうアイツのだけナシでいいんじゃない?写真にリスカとか写ってたら問題になるでしょ』


『シズちゃん先生の説得大変そうだな……「写りたくないって本人が言ってた」って言う?』


『アリ。実際リスカ跡は見られたくないだろうし』


『いやいや……公衆の面前でリスカする奴だよ?気にしないかもしれないし、嘘つかれたってことで爆発するかも』


『確かに……あーもー、シズちゃん先生の美貌伝えたいだけなのに、なんでこうなんの!』


『マジでクソ邪魔だなメンヘラ……怖いし邪魔だしでマイナスでしかない』


『マジアイツ、死にたいなら勝手に死ねよ。迷惑かけんなよ。』


おーっと、ここから先はライン超えの悪口ばかりなので割愛。LINEだけにな。ハハ……ごめんなさい死にます。

嫌われてるなー俺。

別に死にたいわけじゃないんだけどなぁ……リスカの痛みと暖かさで『生きてる』って自覚が欲しいだけなのに、なんでこう周りに否定されなきゃいけないんだろう。

と、またリスカ中にリスカをしそうになったところで。


『そこらへんにしとこ、私が東波君と話して写真撮ってくるから』


救いの手?が現れたらしい。


『笑奈マジで言ってる?危険だよ?』


『いや、ディスカッションの授業とかで話したんだけど、意外と普通の人だったよ』


『リスカする奴が普通なわけないだろうがよ』


『えー、本当に大丈夫っすか?』


『大丈夫。あ、じゃあ、危なくなったら助けてよ。それ用に何人か。』


『それならまぁ……で、護衛誰がやる?』


護衛って。

俺は魔物か何かか?


『まぁうん……俺が行く。』


『ふっちー1人に良い所取らせるかよ!俺も行く!』


『むさ苦しい男ふたりだとアレなんで私も行きます』


『淵本、伊坂、七海……お主らか……』


俺1人の為に4人も来てくれるらしい。

そんなたくさんの人数に気遣わせてごめんなさい、死にます。

ザシュ。


「東波くん、授業中にリスカするなって言ったよね?」


「すみませんでした………」


英語教師(芥川先生ではない)に叱られながらも俺は、新しい傷の痛みに酔いしれていた。

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