第8話:水色のマスコットと独占欲の矛先
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1. 覚醒の副産物と水色のマスコット
ゾルゲの襲撃から一夜明け、メゾン・ド・バレットの地下メンテナンスルームは、シールドの破損とサイボーグたちの疲労によって慌ただしかった。悠真は、自室のベッドで休んでいたが、昨晩の部分的に覚醒した「支配力」の感覚が、まだ全身に残っていた。
「俺の体が、化け物を追い払った……」
その力を自覚し始めたことに戸惑う悠真の膝の上に、何かがピチャリと着地した。
「わっ! なんだこれ!?」
それは、手のひらサイズの水色のゼリー状の生物だった。透明感のある体は光を反射し、水滴のようにプルプルと揺れている。目鼻口はなく、ただ悠真の膝の上を心地よさそうに定位置とし、ペチペチと小さな音を立てていた。
「これ……ひょっとして、俺のフェロモンに惹かれてきたのか?」
悠真が恐る恐る指で触れると、その水色の塊は「プルル」という可愛らしい音を立て、悠真の指に小さな泡を押し付けた。
その時、ルナの冷徹な声がインカムに響く。
「志藤様。ご報告申し上げます。その生物は、あなたの『支配力』覚醒の副産物として発生した、初めてのテイム魔物です」
「テイム
「クロエの初期データ解析によると、この水色のゼリー状生物は、防御・拘束能力(可動式バリア)を持つと推測されます。志藤様の抑止力維持に役立つでしょう」
ルナはそう告げたが、悠真の部屋のドアが勢いよく開いた。
「悠真くん!」
アリスが勢いよく飛び込んできた。彼女はフリル付きの可愛らしいパジャマ姿だ。
「もう! 私の恋人役の特権を差し置いて、知らないものが悠真くんの膝の上にいるなんて、許せないんだから!」
アリスはすぐに戦闘態勢に入った。
「その水色のプルプルしたやつ! 悠真くんから離れなさい!」
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2. 膝の上を巡る独占欲バトル
アリスは、水色のマスコット、通称「スライミー」を睨みつける。
スライミーは悠真の膝の上で「プルルル」と震え、まるでアリスの独占欲に怯えているかのようだ。
「アリスせんぱい! ずるいです!」
廊下からツインテールのメイが駆け込んできた。
「メイは悠真せんぱいの体調管理と、お部屋の掃除を任務として任されています! こんな不潔な魔物が悠真せんぱいの膝を汚すなんて、許しません!」
メイはそう言いながら、スライミーを悠真の膝から掻き出そうとする。だが、スライミーは悠真の太ももにピタッと吸着し、小さなバリアのようなものを展開した。
「なっ! 小さなくせに、抵抗するなんて!」
「こら、メイ! スライミーをいじめないの! 悠真くん、この子、可愛そうだよ?」
アリスは瞬時に「恋人役」の顔に戻り、スライミーを庇う。
スライミーはアリスを見上げ、「プル」と鳴いた。その可愛らしい反応に、アリスの表情が一瞬緩む。
その時、黒縁メガネのクロエが、冷静沈着な様子で部屋に入ってきた。
彼女は手にノートPCを抱えている。
「有栖川隊員、佐倉隊員。静粛に。志藤様の抑止力安定のための、重要なデータ収集を妨げないでください」
「このテイム魔物は、極めて重要な研究対象です」
クロエは、そう言いながら悠真に近づいた。
アリスとメイは、スライミーの可愛らしさに思わず声を上げた。
「あら、でも、よく見ると、この青い光沢……すごくキレイ! かわいい~!」
「くぅ~! 不潔だけど……このプルプル感は、認めるしかないかも!」
「ちょっと、二人とも! スライミーに情が移っていますよ!」
クロエはアリスとメイを牽制し、冷静にスライミーを観察した。
「……データが示す通り、極めて緻密な動きね。このサイズでバリア展開? 驚異的な制御システムだわ……」
彼女は思わず口元を緩ませ、小さな声で呟いた。
「……完璧なデータね。この可愛らしさも、データの一部として研究対象とする必要があるわ」
クロエは眼鏡の奥で、わずかに頬を染めながら、「研究」という名目で、悠真に接触を図ろうとする。
アリスとメイは、クロエの露骨な行動に激しく抗議した。
「研究!? クロエさんは『研究』と称して、悠真くんの膝を独占したいだけでしょう!」
「そうですよ! 悠真せんぱいの膝の上は、純粋な研究になんて使わせません!」
「佐倉隊員、あなたの主張は感情的バイアスが強く、データとしては無価値です」
クロエは冷めた目でメイを一蹴した。
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3. ルナの理性的な報告と独占欲の加速
リビングでこの騒動をインカム越しに聞いていたルナは、頭痛をこらえるように額に手を当てた。
「……志藤様、混乱させてしまい申し訳ありません。テイム魔物が出現したことで、あなたへの独占欲の矛先が、今度は魔物にまで向けられています」
ルナは、司令室にいたエレノア総帥に、この一連の騒動を冷静に報告した。
「総帥。志藤様の『支配力』覚醒に伴い、テイム魔物が出現しました。現在、テイム魔物は志藤様の膝上を定位置とし、バレット隊の感情的な安定度を乱す要因となっています」
エレノアはシックなスーツ姿で、優雅に微笑んだ。
「そう。予想通りね。その魔物は、悠真様の能力の安定度を測るセンサーとして、非常に優秀に機能しているわ」
「メイドたちの独占欲が、魔物という新たな対象を巡って加速することで、悠真様のフェロモンはより活発に、安定的に放出される……これは、M.A.本部にとって喜ばしいデータよ」
ルナは、総帥の理性的で冷徹な判断に、内心複雑な思いを抱いた。
彼女自身も、悠真の膝の上で安堵しているスライミーに、理性的な嫉妬を覚えているからだ。
「総帥……承知いたしました。バレット隊全員に、テイム魔物を『護衛の補佐役』として扱うよう、厳命します」
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4. 悠真の覚悟と新たな日常
悠真の部屋では、独占欲バトルが続いていた。
アリスはスライミーに「悠真くんの隣は私の場所だよ!」とささやき、メイは「不潔だ!」と言いながらも、その可愛らしさに負けてそっと撫でようとする。
クロエは「研究」と称し、スライミーが悠真の膝から離れた一瞬の隙を狙って、即座に膝にメジャーを当てようとした。
「みんな、落ち着いてくれ!」
悠真は、メイドたちの幼稚な嫉妬に、思わず笑みがこぼれた。
昨晩のゾルゲとの死闘が嘘のような、平和な日常だ。
(俺の力が、こんな可愛らしいマスコットを生み出したのか……。そして、このマスコットを巡って、命がけで俺を護ってくれる彼女たちが、こんなにも人間的な表情を見せてくれる)
悠真は、スライミーを優しく手のひらに乗せた。
「スライミーは、俺の大切な仲間だ。誰にも邪魔させない」
悠真がそう宣言すると、スライミーは「プルルッ!」と嬉しそうに全身を揺らした。
その時、部屋の隅で様子をうかがっていたソフィアが、ふわりと前に出た。
「まあまあ、皆様。スライミーちゃんも疲れたでしょう?」
ソフィアは、グラマラスな体型をゆるく包むスウェット姿だ。彼女は優雅に微笑むと、有無を言わさぬ母性的な包容力を放った。
「志藤様は昨晩、命がけで戦ったのですから、今は心身の栄養補給が必要です。これはメイドのサービスですよ」
ソフィアは「あらあら~」と言いながら、悠真をソファに押し倒す。
スライミーは悠真の胸元に避難。
ソフィアはそのまま、悠真の頭を自分の豊かな胸元に引き寄せ、強制的に膝枕を敢行した。
「ソ、ソフィアさん!?」
悠真は混乱するが、その柔らかさと、ソフィアの金髪のポニーテールから香るアロマの香りに、抗うことができない。
ソフィアは極上の優越感を滲ませた笑みをアリスとメイに向けた。
「ふふっ。膝の上を巡って争うなんて、お転婆なこと。常連客を自称する私と、公認の恋人役、そして後輩の独占欲……どの役割が、一番志藤様を安心させられるか、試しましょう?」
「なっ、膝枕!? ずるい! ソフィアさんの格上のお色気牽制だ!」
「ソフィアせんぱい! メイの愛の体調管理を邪魔しないでください! 今すぐそこを代わってください!」
アリスとメイは、ソフィアの「母性的な独占」という逆転技に、顔を真っ赤にして発狂した。
その騒動の中で、悠真はソフィアの柔らかい膝の上で、静かに目を閉じるのだった。
メイドたちは、悠真の強い言葉に一瞬たじろいだが、すぐに顔を見合わせ、その独占欲をスライミーとソフィアに向けるという、新たな共通の敵を見つけた。
「ふふん。悠真くんが可愛いって言うなら、私も可愛がってあげるんだから!」
「くっ、メイだって、スライミー先輩を『研究』して、より完璧な護衛補佐役にしてやるんだから!」
「データ分析のため、私もスライミーと悠真様との距離を詰めます」
悠真は、テイム能力を自覚し始めたと同時に、メイドたちの独占欲の矛先が魔物にまで向けられるという、新たなラブコメの嵐に巻き込まれたのだった。
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