第5話 4-(1/2)

 明治中期、大陸と軍事提携し緊密化していた参謀本部は「国益増進、勢力扶植」を掲げて軍事教官・顧問を次々と大陸に送り込んだ。本国の影響力を増大させ、共に欧米列強に対抗することを期待したが、大陸の軍事的近代化が達成された結果、本国への反目に力を貸すこととなってしまった。

 露国との戦争後に領土問題をめぐり大陸との対立が激化する中、大陸側は軍事教官の招聘しょうへいを独国に求め、本国が約十四年にもわたり多大な影響力を持ってきた軍事教官・顧問招聘制度は終止符を打つ。当地に派遣されていた軍人たちは身の振り方を考えねばならず、中には大陸側に取り込まれ機密情報を流す者も出始めていた。

 数年前には、機密文書を大陸側に渡していた疑義で軍機保護法違反とされた軍事教官が、逃亡中に射殺される事件が起きている。

 公使館付武官として赴任した宮田は、これら機密漏洩に関する情報を集めているらしい。宮田は軍事警察たる憲兵出身ということか。

 貿易商には関わりのない話だ。だが、宮田は私に接触してきた。放蕩を重ねる吉澤組の道楽息子であれば、軍人に近づく大陸側の人間の噂を知っているかもしれないと踏んだのか。初対面であれだけ説教しておいて、随分と都合がいいものだ。

 各地で活動家が軍人と接触している事実を私は知っているが、それ以上の進展は今のところ聞いていない。何かあれば当然各師団内部で処理しているはずだ。

 師団外か商人か。あるいは別の者を探っているのか。どのみち私には関わりのない話だ。遊びたいというなら、いくらでもつきあってやる。宮田との繋がりに損はない。

 私は、にわかに心が浮き立った。初対面での仕打ちを多少なりとも根に持っていたのかもしれない。

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