第3話 高校生をふるぼっこにゃん

 将棋大会当日を迎え、ボクは会場の中にいる。会場内はさまざまな年齢の男女が入り乱れており喧騒が絶えないのだが、生憎ボクには話し相手がいない。この、ピンク髪の猫娘を除いて。

 エントリーを滞りなく終え、ボクは静かに大会開始を待つことにした。非常階段にべたっと座ってスマホをいじりながら。ぶっちゃけ、そこまでのやる気はボクにはないのだ。ただ、ポニャンザの熱意に応えてあげてるってだけでさ。


「あれ、増渕じゃん。なんだよ、将棋やってたのかよ」

「お、おう」

 初戦の相手は偶然にもクラスメイトの髙崎だった。坊主頭と太眉が特徴なくらいで特に目立たぬ男子である。今日も今まで存在をくらましていたこともあって、いたことにも気づかなかった。

「うちって将棋部ないじゃん。だからさ、増渕が将棋やってるなんて知らなかったな」

「だろうな」

 なんせボクが将棋を始めたのは2週間前なのだ。将棋部の有無なんて関心の範囲外なくらいだ。

「いい対局になるといいな。対局終わったらLINE交換してくれよ」

 髙崎はそう気さくに声をかけてくれた。



「じゃあ、にゃーが戦ううえでの極意を特別に伝授してやるのにゃん! その1、駒並べをするときは真っ先に王将を取るのにゃん!!」

 これは大会前にポニャンザから教わった極意だ。その真意はわからないが、ボクは教わったとおり、数ある駒の中からいの一番に王将をずばっと手に取った。そして、玉将は髙崎の前にそっと置いた。髙崎は「お、おお……」と驚きつつ玉将を手に取った。 なお、王将とは上手の人が使う駒だと知り、赤っ恥をかいたのはこれからだいぶ後になってからのことである。

 駒は王将以外は適当な順番で並べた。王、金、銀……と規則的に並べる髙崎を見て、あぁこいつは几帳面な男なんだなと認識した。


 それから、ふりごまがどうこうと進行係から言われたが、何のことだかさっぱりだったので髙崎に全任せした。歩がばら撒かれ、と金が3枚上を向いた。どうやらボクが先手らしい。


「にゃー!坊主頭の脳天をかち割るにゃん!!」

 なんてポニャンザが物騒なことを言ったタイミングで対局は始まった。「7六歩にゃん!」と指示を受け、ボクは駒を動かす。そういえば、駒の持ち方よく知らないな。以後、ボクは髙崎の駒の持ち方を採用し、派手に駒音を鳴らすことだけに意識を注ぐことにした。


「増渕君。その、駒は駒台に置いてほしいんだけど」

「駒台? あぁ、ごめん」

 つい今しがた入手した歩を手に握っていたところ、髙崎から咎められた。どうやら手に入れた駒は駒台なる場所に置くらしい。


 にしても将棋の駒ってすべすべして触り心地がいいのな。ボクは時折、駒を打つ時、その駒を10秒以上指でこすられてその触り心地を堪能した。この時、麻雀も嗜んでいる髙崎が「こいつ盲牌でもやってるのか?」と訝しんでいたのは誰も知らない話である。



「5九馬にゃん!」

「3八金にゃん!」

「3三歩成にゃん!」

 実は、ネットでやり続けていることもあってポニャンザの指示を4回に1回くらいは予測できるようになった。これはいつもどおりの優勢な局面。わかってはいたが、髙崎はポニャンザの敵ではない。


「負けました」

 攻め手をなくした髙崎が投了した。


「極意その2を教えるにゃん!」

 それは先ほど同様、ポニャンザが対局に勝ったときの極意を教えてくれたものだ。負けたときには「負けました」や「ありません」と言う。そして、勝ったときには、


「そうですね」

 さらっとボクは教わったその言葉を口にして頭を下げた。礼をしたものだから、この時の髙崎の表情は見ていない。


 ポニャンザが言うには対局を終えると、通常は感想戦なるものを行うらしい。何でも、対局者同士で一戦の振り返り的なことをするんだとかどうとか。「これが対局の極意その3だにゃん。感想戦もにゃーに任せるにゃん!」と大見得を張っていた。

 だが、髙崎は「増渕、強いんだな。頑張れよ」とそっけなく言ったっきり席を立ってしまった。それを見て「あいつ、感想戦を放棄したにゃん!!」といつものように猫娘が憤っていた。あっ、LINE交換してないじゃん。

 もしや感想戦って時と場合によるのかなと思ったが、他の席の対局が終わるな否や高校生達は感想戦を始めている様子だったので、どうやら感想戦をしなかったのはこの席だけのようだ。


 以降の対局もポニャンザの圧勝で進んだ。

 駒を動かすのに退屈になったボクは駒をわざと違うところに動かすふりをし、「あほにゃあああ!」と猫娘を叫ばす遊びを対局中に交えていた。

 増渕直樹が注目され始めたのは準々決勝が終わってかららしい。どうやらその時の相手は優勝候補だったようで、それを圧倒したものだから、

「増渕って何者だよ」

「対局覗いたけど強すぎるぞ」

「あれは戦いたくないわ」

 など、様々な話が飛び交っていたらしい。もっとも、その頃ボクは非常階段でジャムパンをもぐもぐ食べていたから一切知らなかったのだけど。



 結局、決勝戦も危なげなく勝ちボクは初優勝を飾った。喜ばしい反面、「まぁ、にゃーの力があってこそだけどにゃああ」と鼻を高くしているアホ猫がかなり鼻についた。

 あと、優勝をかっさらったのにボクに話しかけてくれる高校生は何故かほとんどいなかった。「すげーじゃん、お前何者?」的な声を期待していたのに。もしや、ボクの根暗っぷりがオーラとして出てしまっているのだろうか。


 ちなみに表彰式はひどい目にあった。

 大会委員長唐牛かろうじさんから賞状をもらう際、クソ猫が「老いたミノタウロスみたいな顔してるにゃん」としたものだから思わず吹いてしまい、つばが賞状とミノタウロスのスーツにかかってしまったのだ。さすがに恐くてボクはミノタウロスの顔を見ずして表彰台を後にした。



「増渕君、ちょっと時間いいですか?」

 だから、ミノタウ……唐牛さんから声をかけられた時はマジで肝をつぶした。気が弱いボクは「すみません!!」と反射的に謝ったが、唐牛さんには心当たりがなかったようで、何事もなかったかのように面接室に案内された。なんだよ、謝り損じゃないか。


「増渕君、改めて優勝おめでとう。君は本当に強かった。君は、将棋を始めてどれくらいになるんだね」

 座椅子に座った唐牛さんが質問してくる。どう答えようものかちょっと悩んだが、正直に答えることにした。

「えっ、えと、2週間ですね」

「はぁ!?2週間、あり得ない!!」

 座椅子から腰を浮かし、唐牛さんが目を見開く。そりゃあ、そういうリアクションするよなぁ。

「あれは2週間の学習できる芸当じゃない!あれができるとするなら……君は間違いなく天才だ」

「はは、どうも」

 ボクは謙遜する。背後で「天才なのはにゃーなのにゃあああ!」と地団駄踏む猫娘はひとまずスルーに限る。


「だが、君の将棋は何というか……良く言えば堅実な負けない将棋。悪く言えば……友達をなくす将棋だ」

「はい」

 一瞬何を言われたかわからず、反射的に相槌を打ってしまう。

「君、ひょっとして名瀬君の棋譜を並べてるね?」

「あの、きふって何ですか?」

 きふ、きふ……思い当たる言葉が見つからない。

「君は棋譜も知らないのかね」

 口をあんぐりして唐牛さんが見つめる。「あー、そういえば言ってなかったにゃーん」とクソ猫がぼそっとつぶやいたのをボクは聞き逃さなかった。


「棋譜っていうのは対局の手順を記したものでね。それはいいんだけど、君の戦い方は、言ってしまえば徹底した受け将棋。しかも、相手の戦意を根こそぎかっさらうようなたちの悪い戦い方だ。強いが誰も相手にしてくれなくなる悪魔のような戦法さ。そしてそれは……あの名瀬拓二君のそれにそっくりだよ」

「ん……なせ、なせ……名瀬拓二か!」

「おお、やっぱり名瀬君のことを知っているんだね。じゃなきゃあんな戦いはまずできないからね。納得したよ」

 ガハハと唐牛さんが下品に笑う。

 にしてもようやく思い出したが名瀬拓二は、ポニャンザが本来とり憑くはずだったはずの棋士だ。その名瀬と戦い方がそっくりとはどういうことなんだ。

 そう考えが脇にそれていた時だった。唐牛さんから更に衝撃的な話が飛び出したのは。



「ところで増渕君、君はプロ棋士を目指してみるつもりはないかい?」

 






 

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