第6話 もう戻らない過去に未練を込めて

「あんた、今日喧嘩したらしいじゃん」


「耳が早いな。乃彩から聞いたのか?」


「まあね。私はそう言う子供の喧嘩にとやかく言うつもりはないけど、子供の喧嘩の領分を超えたらすぐに相談すること! あんたはすぐに一人で何でもしようとするんだから」


「わかってるよ。姉さん」


 姉さんからの忠告を聞き流しつつ僕は部屋に向かう。

 いつものように着替えてから、アルバムを見る。

 小学生の時のアルバムだ。


「あれからもう5年くらい経ったのか。懐かしいな」


 二度と見ることのできない彼女の写真を見て、感傷に浸る。

 戻ることのできない過去を噛みしめながら写真に触れる。

 そこからはただ、冷たい感触が帰ってくるだけで人の温もりは一切感じ取ることができなかった。


 ◇


「あの子、まだ立ち直ってないみたいね」


「やっぱり結衣ちゃんもそう思う?」


「うん。乃彩さんもそう思ってるからこそこうやって家に来たんじゃないの?」


「まあね。今回の喧嘩は誰かのためってわけでもなさそうだけど」


 私の愚弟こと龍斗は昔から誰かのために行動ができる人間だった。

 その事は姉ながら誇らしく思っていたのだが、その行動の方向性が破滅的になったのはいつの頃だったかな。


「乃彩さん、学校での龍斗はどう? 元気にしてる?」


「う~ん、最近は厄介な事件に巻き込まれてるらしいけどある程度元気そうにしてるよ。相も変わらず生意気だけどね」


「だろうね~龍斗は昔っからあんな感じだけど。自分の命を軽視する癖と他人との関りを拒絶する癖は治させたいね」


 あの子は危うすぎる。

 目の前で見ず知らずの他人に何かがあったら自分の命を犠牲にしても助けてしまうような。

 破滅願望とでも言うべき思考だ。


「それは本当にね。その龍斗に助けてもらった私が言うのもなんだけどね」


「そんなこと言ったら私だってあの子には助けられてるから。乃彩さんは龍斗をどう思ってるの?」


「生意気だけど可愛い従弟かな。命の恩人でもあるわけだし」


「確かに……そう言う認識になるのか。あの時は本当に危なかったよね」


 乃彩さんは一度自分で死のうとしてた時期があった。

 というか、行動にまで移していた。

 赤信号の横断歩道、車が迫ってきている中で乃彩さんは飛び出した。

 それを助けたのが龍斗だ。

 自分の身を犠牲にして。


「うん。龍斗がいなかったら私はこうやって結衣ちゃんと話せてはいないからね。感謝してるよ」


 昔を思い返すような目をしながら、乃彩さんは微笑んでいた。

 その顔があまりにも美しすぎて見惚れてしまった。

 乃彩さんの大人びた顔立ちと子供のように純粋な笑顔。

 そのギャップが凄まじい。

 こんなにも可愛いのにどうして未だに恋人に一人もできないのか疑問で仕方なかった。


「そっか。だからこそ、私達も龍斗が困っていたら助けてあげないとね」


「だね。結衣ちゃんも愚弟とかなんとか言いながら、ちゃんとお姉ちゃんしてるんだね」


「そりゃあ、まあお姉ちゃんですから」


 私たちはそんな話をしながらゆったりとした時間を過ごした。

 最近の龍斗はなんだか様子がおかしい。

 注意深く見ておかないと、すぐにどこかに行ってしまうかもしれない。

 そんな不安が拭えなかった。


 ◇


 ストーカーについて考えるのがあまりにも嫌だったから昨日はそのまま寝た。

 いつも通りの時間に教室にたどり着くと、やはり天月さんがいた。

 昨日の今日という事もあってそれなりに気まずいのだが……


「おっはよ~龍くん」


「おはようございま……ん? 今なんて言った?」


「龍くん」


「天月さん露骨に僕と付き合ってる感を出そうとしてない?」


 このままじゃあまた変な噂が広まってしまう。

 それはなるべく阻止したいところなのだが、それを言って聞くような相手ではないことはもうわかっている。


「バレた? だって強引に巻き込まないと龍くんは協力してくれないでしょ?」


「巻き込まれても協力する気はない。ストーカーなんて僕が対応できる領分を飛び越えすぎだ。そう言うのは警察に頼ってくれ」


「もう頼った。でも、まともに取り合ってもらえなくて」


「そか、残念だな。僕はこれからちょっと用があるからそんじゃ」


 荷物だけ机に置いてから僕は教室を後にして職員室に向かう。


「あれ? 龍斗こんな早い時間にどうした? 呼び出しでも受けてたっけ?」


「いや、ちょっと乃彩に相談があってな。良いかな?」


「別にいいけど、真剣な奴?」


「ちょっと真剣かも」


「わかった。生徒指導室行こっか」


 乃彩はすぐに了承してくれて生徒指導室の鍵を開けてくれる。

 少し込み入った話になりそうだったからこうやって他の人に聞かれない場所を用意してくれるのは本当にありがたかった。


「それで? 龍斗が私に相談事を持ち込んでくるのなんて珍しいじゃんか。どんなことがあったわけ? また天月ちゃん関連?」


「関連ではあるな。どうやら天月さんストーカー被害にあってるみたいでな。どうしたもんかと思って相談しに来た」


 こういう話は大人である乃彩に持ち込むべきだ。

 僕だけではどうやっても限界がある。


「そう言うの……私の領分でもないんだけどな。でも、多少は力になれるように頑張ってみる。言っておくけど、今回の件に関しては首を突っ込み過ぎたらダメだよ。本当に危なそうだから」


「わかってる。僕も積極的に関わるつもりはない。だから乃彩に相談したんだ」


「ならいいけど。あと、細波先生! 何回言わせるのよ」


 乃彩はため息をつきながらジト目で睨んでくる。

 悪いがどうしても乃彩を先生と呼ぶ気にはなれないんだ。


「はいはい。細波先生~」


「はいは一回ね。こっちでも天月さんのことは気にしておくようにするね」


「よろしく頼む」


 それだけ言って僕は生徒指導室を後にする。

 乃彩ならうまくやってくれるだろう。

 そんなことは置いといて、僕は今日中天月さんから逃げる算段を考えないといけない。


 ◇


「ねぇ龍斗、最近学校はどんな感じなん?」


「いきなり何だよ姉さん。僕のことを聞いてくるなんて珍しいじゃないか」


「たまには姉弟で話すのもいいでしょ。で、どうなのよ」


「普通だな。これと言って問題は起きていない」


 姉さんにはあんまり嘘をつきたくはなかったけど、変に心配もかけたくないから嘘をつくことにした。

 ごめん姉さん。


「嘘ばっかり。乃彩さんからあんたのことは聞いてるんだからね。めんどくさい事になってるらしいじゃん」


「……まあね」


「で、あんたはどうするつもりなん? そのギャルの女の子」


「どうもする気はない。僕は普段通り普通の生活を送ることにするよ」


「なるほど。じゃあ、あんたは助けるんだね。その女の子を」


 全てを見透かすかのような目で見つめてくる姉さんの目は乃彩が僕に向ける物に似ている。

 ほとんど同じようにも感じる。

 僕と同じ色の髪と瞳。

 同じ色のはずなのに、姉さんの方が数倍以上綺麗に見えるのはどうしてだろうか。


「どうしてそうなるんだよ」


「自分が助けれる範囲の人間を助けるのが龍斗って人間でしょ。それが例え自分の命を犠牲にしてもさ」


「……」


「嫌だからね。私はあんたが死ぬの」


「飛躍しすぎだ。どうして僕が死ぬことになってるんだよ」


 天月さんも姉さんもどうしてすぐに死ぬことに話が直結するんだ。

 よくわからない。

 そう簡単に人は死なない。


「だって龍斗はいっつも……いや、何でもない」


「そか。じゃあ部屋に戻るよ」


「ん。なんかあったらお姉ちゃんに頼るんだぞ」


「わかってるよ。ありがとう結衣姉さん」


 やっぱり姉さんに心配かけちゃったな。

 今度から気をつけないと。

 まあ、明日は休みだし。

 久しぶりにゆっくり休もうかな。


 ◇


 うちには最近、興味がある人がいる。

 彼はいっつもつまらなそうな顔をしてて、クラスで空気を演じてる。

 そんな男の子だった。

 彼の違う表情を見てみたくって奈菜っちと賭けをして負けた方が嘘告白をすることになった。

 結果として断られたうちはムキになって彼にアタックをするんだけど、全部断られちゃって。


「本当に変な男の子。うちの告白を断ったくせにうちを命がけで助けてくれたり。何がしたいのか本気でわかんない」


 ベッドで寝転がりながらうちが考えるのはいつも眼鏡をかけている黒髪の男の子のことだ。


 後味が悪いからか。

 そんな理由だけで自分の命をかけれるんだから龍くんはちょっとおかしいのかも?

 でも、今回は断固として協力してくれなさそうだった。


「龍くんはやっぱりうちの事嫌いなんかな」


 少し不安になっちゃう。

 彼が何を考えているのかわからない。

 めんどくさそうな表情からは何を考えているのか全く感じ取れない。

 下心は一切感じない。

 いや、彼からは強い感情を全く感じなかった。


「彼の感情を一番感じたのは、うちの事を助けてくれた時だったかな」


 あの時の彼は純粋にうちのことを助けてくれようとしていた気がする。

 うちの気のせいかもしれないけど、少なくとも普段感情の起伏が薄い彼とは違ってあの時だけは感情のままに動いていたかのように思えた。


「何てのはうちの勝手な妄想か」


 最近のうちはちょっとおかしいな。

 ストーカーの件もあるし。

 疲れてるんかも。

 ちゃんと休まなきゃ。


 ◇


「なんでこういう時に限ってシャンプーが切れちゃうかな」


 今日は休みだから家でごろごろしようと思ってたのに。

 うちって本当についてない。

 しかも、もう暗いし。


「早く買って早く帰ろ」


 午後八時の日が沈み切った街中を歩きながらため息をつく。

 シャンプーなんて一日使わなくてもいいと思うかもしれんけど、流石に乙女がそんなことをするのは良くない。

 うちは身だしなみには気を使ってるから。


「ッ……」


 しまった。

 後ろから足音がずっと続いてる。

 ちょっと前から気が付いていたのに迂闊だった。

 早歩きで巻こうとするけど、足音はどんどん近づいてくる。


「どうして……」


 逃げられない。

 そんな風に思ってしまって絶望する。

 誰にも助けを求めることができない。

 龍くんにも断られてしまった。

 このままこのストーカーに何かされるんじゃないかと思うと心臓がキュウっと締め付けられる。


「助けて。誰か……」


「お前、本当に面倒事しか持ち込んでこないよな」


 声がした方向を振り返ってうちは本当にびっくりした。

 絶対に来るはずがないと思っていた人物がそこにはいたから。


 ◇


 せっかくの休日に見たくもない人影が見えた気がした。

 その顔は凄く焦っているように見えて、何かから逃げているかのようなそんな感じだった。


「まさかな」


 そんなはずないと思ったけど、もしこれで彼女が死んでしまったら僕が見殺しにしたことになるのではないか?

 今、僕が動いたら助けれるかもしれない命が僕が行動を起こさないがために散る?

 そんな事あっていいはずがない。


「クソッ」


 慌てて僕も彼女が逃げて行った方に向かって走り出す。

 暗い路地裏で彼女は涙目になっていた。


「助けて。誰か……」


「お前、本当に面倒事しか持ち込んでこないよな」


 この状況、考えるまでもなくストーカーだよな。

 でも、今の所ストーカーの姿は見えない。

 こいつはなにに怯えてる?


「お、お前は最近凜々花ちゃんといっしょにいた陰キャ」


 路地裏の入り口、僕の背後からそんな声が聞こえてきた。

 おそらく、というか確実にストーカーご本人の登場だった。


「知り合いか?」


「し、しらない」


 完全に怯え切っていて、座り込んでいる天月さんに普段の余裕はなく憔悴しきっている。

 無理もないか。


「いきなり陰キャ呼ばわりとはずいぶんとご挨拶じゃないか。そういうお前は誰なんだ?」


「……」


 答える気なんてないみたいで目の前の男は何やら光るものをポケットから取り出した。

 刃渡り十数センチの包丁。

 刺されたら痛そうだな。


「無視ね。オーケーじゃ、どうして天月さんに付きまとってるのか聞いてもいいか?」


「付きまとってなんかない! ただ俺は凜々花ちゃんを守ろうと思って……」


「一体何から守ろうとしたんだ?」


「……」


 だんまりを決め込まれるとなかなかめんどくさい。

 というか、路地裏の出口側に男が立っているから逃げることはできないし。

 男はぼさぼさの髪で虚ろな瞳で僕をずっと睨んでいる。

 服装は我が高校の制服を着ているのでもしかしたら同級生なのかもしれない。

 見たことは無いけど。


「天月さん、立てそう?」


 後ろに座りこんでいる天月さんに聞いてみるけど返答はない。

 振り返ってみると、震えながら首を横に振っていた。

 この状況では無理もないか。


「で、あんたはなにがしたいんだ? そんなものまで持ち出して。一応銃刀法違反のはずだが?」


「だ、黙れ! お前みたいなゴミが凜々花ちゃんと一緒にいるのがいけないんだ! 俺がしてるのは害虫駆除だから問題ない!」


 人を言うに事欠いて害虫扱い。

 なんて酷い。

 僕何もしてないのに。


「問題大有りだと思うんだけどな」


「うるさい黙れぇ!」


 包丁を構えて真っすぐ突進してきた。

 普通に横に動けば避けれる単調な動き。

 だけど、後ろには天月さんがいる。

 下手に避けたら天月さんが刺される。

 じゃあ、僕が刺されるほうが良いか。


「龍くん!?」


 ズプッと嫌な音が耳に響く。

 お腹のあたりが痛い。

 痛いというより熱い。


「あ、ああ、よ、避けないお前が悪いんだ!」


 男は僕にそう言って走って逃げて行った。

 これでストーカーは捕まるだろうな。


「龍くん? ねぇ龍くん!」


「み、みもとで叫ばないでくれ。しにそうだから」


 体の震えが止まらない。

 血が流れ出すぎているかもしれないな。

 でも、これでやっと死ねるのかも。

 人を助けて死ぬんだから、こういう最後も悪くないかもしれない。

 少なくとも、心菜ここなには顔向けできるかな。


「で、でも、血が」


「は、はは」


 体から熱が無くなっていくのを感じながら僕は意識を失うのだった。




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