【懺悔室のシスターさん】に悩み相談すると決まって聖女な『義姉』が全肯定で甘々に甘やかしてくるけど、俺はその理由をまだ知らない~スクールカースト最底辺からのやり直し~

水瓶シロン

第一章~聖女な義姉との出逢い編~

第01話 懺悔室のシスターさん

 ガチャッ…………


「シスターさん、シスターさん」

「あら、その声は。ふふっ、またいらっしゃったんですね、迷える子羊くん?」


 私立英誠院学園高校から徒歩十分弱。

 ここは、住宅街の一角に建つ小さな教会にある懺悔室の中。


 慣れたように声を掛けると、カーテンの閉められた格子状の壁の向こう側から、静謐とした空間にふわっと花を咲かせるような、可愛らしくも可憐で淑やかな少女の声が返ってきた。


 声色から若い女性であることは確かだ。

 しかし、具体的にどんな外見なのかはわからない。


 もちろん気にはなるが、懺悔室のを隔てるカーテンが、その姿を見ることを許してくれない。


「昔は月に一回程度の来訪でしたのに、月に数回、週に一回と次第に増えていき……今ではもうほぼ毎日いらっしゃってますよね? ふふっ、そんなに私とお喋りしたいんですか?」


 こういうときに恥ずかしいからと照れ笑いを我慢する必要がないのは、懺悔室で互いの姿が見えない利点の一つかもしれない。


「そりゃもちろん。こうして放課後シスターさんと話す楽しみがあるからこそ、希望のない人生を頑張れるんですよ、俺」

「もしかして私、口説かれてます?」

「え、口説いても良いんですか?」

「神様のお許しがいただけたら、良いですよ?」

「流石シスターさんだ」


 ははは、と懺悔室の中に愉快な笑い声が反響する。


 懺悔室なのに。


「それで、今日の学校はどうでしたか?」

「ま、いつも通り凄く疲れました」

「ふふっ、お疲れ様です。いつも頑張ってて偉いですね」


 何気ないシスターさんのねぎらいの言葉が、ジワァ……と胸の奥に染み入るのがわかる。


「シスターさん、それもう一回言ってください」

「あら、今日はいつにも増して甘えんぼですか?」

「いつにも増して疲れたんですよ、今日は」

「そうですか。では……」


 ぎぃ、と気が軋む音。

 向こうの空間でシスターさんが少し動いたのだろう。


「子羊くん、少しこちらへ」

「え?」

「耳を拝借しても?」

「わかりました」


 よくわからないが、取り敢えず言われるがままに椅子から少し腰を浮かして、カーテンに片耳を寄せた。


 すると――――


「(子羊くんは本当に偉いですよぉ)」

「……っ!?」

「(良い子、良い子……です)」


 シスターさんの囁き声が、甘く空気を震わせた。


 耳が幸せ過ぎて溶けるかと思った。

 アナログASMR恐るべし。


 恋をしてしまいそうなドキドキ感というよりも、自己を全肯定してくれる女神か天使か聖女のような、圧倒的包容力からくる安心感。


 許されるものなら、是非ともシスターさんの一言一句を録音させて欲しい。


 毎晩寝る前にヘッドホンで聞きたい。

 精神を病んだ時に、その声を聞いて泣きたい。


「……はい、これで良いですか?」


 ……うん。

 こういう切り替えの早いところもシスターさんの魅力の一つ。


 思わず小さく笑ってしまったが、俺は改めて懺悔室内の椅子に腰を下ろして居住まいを正す。


「ありがとうございます、シスターさん。元気になりました」

「純粋な意味で?」

「純度八十パーセントです」

「残りの二割は何でしょう?」

「それは明日懺悔しに来ます」

「……ふふっ、結構です」


 シスターだからと高尚に構えすぎず、こういう悪ノリにも積極的に付き合ってくれるところも、魅力の一つだ。


 まったく。

 懺悔室のシスターさんの魅力は本当に語り切れなくて困る。


「いつも俺の心を癒してくれてありがとうございます、シスターさん」


 もしここが異世界ファンタジーの世界であれば、間違いなくヒーラー枠のシスターさんに、俺は心からのお礼の言葉を口にする。


 小さくお辞儀をしたのは、見えてはいないだろう。


「いえいえ、このくらいお安い御用です」


 思い返せば中学二年生の頃か。

 とある理由で最高潮に俺の精神が擦り減って限界に来ていたとき、本当に偶然、興味本位で足を踏み入れた小さな教会。


 牧師のお爺ちゃんに「何を話してもいいんだよ」と促されるまま、この古びた懺悔室に立ち入った。


 それが、この壁の向こう側のシスターさんと初めて言葉を交わした瞬間だ。


 以降、俺は疲れたとき、ストレスが溜まったときなどに癒しを求めてここに来るようになった。


 まぁ、最近では完全に日課と化し、特に癒しを求めていなくても最低でも週に三回は足を運んでいるが。


 というか、むしろそうしないと落ち着かない身体になってしまった。


「さて、今日は何をお話しましょうか?」

「そうでしたそうでした。今日はこれをお話しようと思って来たんですよ」


 普段は何気ない世間話が大半。

 しかし、今日は一つ大きな話題を持ってきていたのだ。


「何ですか?」

「実はですね、父が再婚することになったんですよ」


 シスターさんは俺の両親が二年程前に離婚し、以降俺が父さんと二人暮らししていることを知っているため、今更この手の話題に気まずさや遠慮などを持ち出してくることはない。


 それは、こちらとしても非常にありがたかった。


「それになんと、再婚相手の女性には娘さんがいらっしゃるようで」


 どうしましょう……と、俺はシリアス顔を作る。

 片手で顔の下半分を覆った。


「念願の可愛い義妹が出来るかもしれません……!」

「こ、子羊くんは何を期待してるんですか……?」


 シスターさんが呆れ声を漏らしてくる。


 だが、悪いが今回ばかりはシスターさんに何と言われようと、俺のこの冷めやぬ興奮と期待は抑えられない。


「わかりませんか、義妹ですよ!? 血の繋がらない、義理の妹と書いて義妹! 妹であって他人であり、他人であって妹である義妹! もう漫画やアニメやラノベではやり尽くされたくらい引っ張りダコの夢あるヒロイン属性ですよ!? これはもう俺、ラノベ主人公デビューでしょ!?」


 忘れられがちだが、ここは一応懺悔室である。

 もちろん、今の俺にそんなものは関係ないが。


「子羊くん、創作と現実を混同していませんか?」

「うっ、やめてぇ……夢を見させてください……」

「夢は覚めたときに辛いですよぉ?」


 ふふっ、とシスターさんが上品に笑った。


「良いんですよぉ、俺は夢に生きるんですよぉ……これからは、可愛い義妹が俺の心の拠り所になるんです……」

「ん~、では、私の役目は終了ですかね?」

「あ、いえ。それはまた別のお話なので」


 シスターさんには今後とも末永く俺の心の拠り所になってもらいます、と深々と頭を下げてお願い申し上げた。


 残念ながら、この誠意に満ち溢れた仰々しい恰好は見えていないだろうが。


「では、今日はこの辺で失礼します」

「あら、もうお帰りになられるんですか?」

「はい。それこそ父と一緒に、再婚相手の女性と娘さんに顔合わせするのが今日なんですよ。まだ時間まで結構ありますが……念のため早く帰って来いって言われてるんです」


 そう伝えると、シスターさんは何故か一瞬戸惑ったような声を漏らした。


「えっ、今日……?」

「え? あ、はい。今日ですけど……」


 何か引っかかることでもあっただろうか。

 父の再婚相手との顔合わせ――別におかしなことはないはずだ。


「それがどうかしましたか?」

「いや、まさか……そんなはず……」

「あの、シスターさん?」

「――あっ、いえ。すみません、何でもないですよ」


 何か考え事をしていたようだ。

 我に返ったシスターさんがいつもの調子を取り戻した。


「そうですか。じゃ、また今度俺の可愛い義妹について報告しに来ますね」

「はいはい。あまり期待せずに待っていますね」


 最後に短く別れを言ってから、俺は懺悔室をあとにしたのだった――――






―――――あとがき―――――


 本作を手に取っていただきありがとうございます!


 ラブコメでそうそう聞くことのない『懺悔室』という単語に驚かれた方もいらっしゃるかとは思いますが、少しでも興味を持っていただけたなら幸いです!


 是非、今後ともお付き合いくださいませ~!!


 また『作品のフォロー』『☆☆☆評価』『コメント』などしていただけると、作者の励みになりますので、お気軽によろしくお願いします!


 ではっ!

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