五日目

第22話 無表情な同居人の救い方

/////五日目//////


「それじゃ、予定通りに」


「ああ、行ってらっしゃい」


「……行ってきます!」


家を出た。


今日の午後七時頃。


現と夢が曖昧になる頃、かつての神は役目を終え、新たな神が現界する。


俺はその時を狙っている。


儀式が行われるのは、堺村神社。


恐らく、梵は時間が来るまでどこかに捕らわれている。


あの政府のプロジェクトだ、隠し場所を狙うのは難しいだろう。


だからまず俺は、少し情報を集めてから神社の近くで潜伏して待つ。


そして、儀式のために外に出てきた梵を、連れ去る手筈だ。


「この村は厳重に管理されている、けれど責任者にのみしか知り得ない秘密通路がある」


ばあちゃんはそう言っていた。


過去に俺の両親がこの村を逃げた時も、この通路を使ったらしい。


俺が帰る予定だった七日目も、その通路を使う手筈だったのだとか。


「ふう……」


参道ではない山道から、神社の近くまで近づく。


木の上まで上り、おばあちゃんに借りた安っぽいスコープで神社の境内を除くと、確かに黒いスーツに身を纏った人たちがいるのが見えた。


あいつらが……こんな儀式を……


////////


「梵は、殺される」


「……は?」


カミサマの間で、ばあちゃんが開口一番にそう言った。


神は、如何にして神になるのか。


それは、崇められた状態で死ぬこと。


古今東西、様々な世界の神に差異点こそあれどその大凡は皆崇められた状態で死んでいる。


それは堺村の神ですらも例外ではない。


村人たちに崇められ、奉られつつ、死ぬ。


そうすることで、初めて神として完成する、そう言う儀式だそうだ。


聞くだけで吐き気がした。そんなのエゴじゃないか。


そんな事のために、梵が死ななきゃいけないなんて間違っている。


だが、村人たちもそんなことをやりたいわけもなく。


自らの存在意義を奪われ、ただ意味もなく生きるために普段のように生活する、らしい。


少なくとも、三百年ほど前はそうだったようだ。


正直、自分がこの村の住人だったら、自らというものを見失ってもおかしくないなと思った。


「阻止するには簡単なことさ、カミサマの候補者である梵と逃げればいい」


「でも、それじゃ別の村人が犠牲になるんじゃ……」


「いいや、そんなことはないよ」


ばあちゃんは言い切った。


「なんでだよ、候補者がいなくなったくらいでそんな……」


「私が責任を持って全員逃すさ」


「そんなことが……」


「してみせるさ、これでも村の中の実質的な長だからね」


「ばあちゃん……」


「難しいことはね、大人に任せなさい」


「私はこれでも、大人で、責任のある立場で、長く生きてきているのだから」


「……わかった」


「村人は、ばあちゃんに任せた!」


「梵のこと、頼んだよ」


「もちろんだ」


////////////


警備の目を掻い潜りつつ、梵の居場所を探る。


チラリと建物の中の時計を確認する。


午後四時。


ばあちゃんに脱出ルートや、様々なことを教えてもらっているうちに、家を出るのが遅くなってしまった。


そろそろ儀式の片鱗くらいは見せてもいいはずだ。


「梵……」


あまりにも居ないことを見るに、そもそもこの神社には居なかったのかもしれない。


けれど、いくら狭い村とはいえ今から全ての建物を漁るのは流石に無理だ。


現実的に考えて、最後まで出てこないなんてことはないだろうが、いつだって最悪の事態を想定して人は動くもんだ。


なら、ここに運ばれてくるまで待つのがいいだろう。


大丈夫、時間はまだある。


そう言い聞かせ、木の上で梵を待っていた。


「……」


梵がいつも一緒にいるのが当たり前だったからか、一人の時間がとても長く感じた。


……そういえば、この村に来る前の俺はどんなだっただろうか。


正直、思い出せなかった。


たった五日前の出来事が、遥か遠く昔の話に思えた。


「変わる、か……」


俺は、ばあちゃんの言葉を思い出していた。


自己変革、変わるもの。


俺は何も持っていなかった、持ち合わせていなかった。


そんな俺が、過去を思い出せないんだとしたらそれは、何かを持ち得るようになったからだ。


きっと、俺は変われるのかもしれない。


……変われるのかもしれない?


俺は果たして、変わりたかったのだろうか。


……わからない。


『世界は、素晴らしいと思う?』


梵の言葉が、頭から離れなかった。


その問いかけが、きっと俺をここまで導いた。


変わりたいとしたら、世界を素晴らしくしたいからじゃないだろうか。


俺はそう思った。


いや、世界を素晴らしいと思えるようになりたい、そういうことかもしれないとも思った。


「あ……」


漸く気がついた。


梵も、俺と同じだ。


『世界なんてクソ喰らえ』そう思いながらも、この世界を愛したかった。


けれど、いつだって拒絶するのは世界の方で、俺らは世界を好きになれずにいた。


そんな中、そんなの嫌だから変わろうと思ったんだ。


梵は、梵天世界の壊し方ってのはひょっとして──


「あれ?」


午後六時になる頃、異変に気がついた。


いつまで経っても、梵が来ない。


ものすごく嫌な予感がした。


もう一度時計を確認するが、何度見ても六時だ。


祭囃子の音が聞こえた。


この神社でないところから。


「……え?」


振り返る。すると、旧堺村神社の方に篝火が照っているのを見かけた。


「何者だ!」


木の下を見る。


スーツの男が二人……いや、三人はいた。


「クソっ!嵌められたのかよ……!」


最悪だ。


奴らは俺らのことなんて気づいていたんだ。


木の枝を伝い、旧堺村の方面まで俺は必死に移動する。


旧堺村神社はこの村の真反対に位置する。


立地が山道で入り組んでいることを考えたら、走って三十分はかかる距離だ。


間に合わない……


それでも。


それでも、俺は……!

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