三日目

第11話 魚に負けた男の落ち込み方

「おはよう、天」


「おはよう……ございます……」


「なんだい、眠そうじゃないか」


「はは……気のせいですよ……」


嘘だ。


あくびを噛み殺しつつ、俺は昨日のことを思い出す。


昨日、結局悶々として寝れなかったのだ。


なんだ、あの声。


あいつ、いつも眠そうでどこか気怠げなのに……急にあんな、優しい声出すか?


というかそもそも、あの楽しそうな時の梵はどんな顔をしていたのだろうか。


そんなことを悶々と考えて、なかなか寝付けなかったのだ。


「天」


「ひゃっ!?」


耳元で唐突に声が聞こえるから、思わず飛び上がってしまう。


振り向くと、そこにいたのは梵だった。


「おはよ」


「お、おう……おは……よう」


「どうしたの?」


「なんか悪いか?」


「顔色が悪い」


「あー、ちょっと寝れてないみたいな……」


「あ、朝ごはん魚だ……!」


「え」


話している途中だと言うのに、梵はまるで猫のように爛々と目を輝かせて行ってしまった。


「……」


「魚に負けたのかい、天」


「ぐ……!」


識ばあにそう言われ、自分は魚以下かとぼやき、俺は食卓についたのだった。


食卓に並び、大根おろしとポン酢がセットのキラキラと美しい川魚。


みるからにふわふわで美味しそうなご飯。


お肉や野菜がたっぷりのお味噌汁。


美味しくないはずが無い。


「あぁ……うめぇ、うめぇ……」


この世界の恵み全てに感謝する勢いで、俺は朝ごはんを頂く。


昨日から思っていたことだが、ここの料理はとても美味しいのだ。


レシピ、いつか聞こうかな。


そんな能天気なことを考えていた。


「天、今日はどうするの?」


「え?あー……」


そういえば何も決めていない。


何かしようとは思うのだが、そもそも何か目的があってこの村に来たわけではない。


昨日のうちに村の回れるところは回ってしまったし、奥の方まで行くと色々危ない。


「いけないねぇ天、アンタはもう16なんだろう」


「ま、まぁそうっすね……高校二年生っす」


「そんな男の子が家の外に出ないってのも、中々不健康だ」


「梵、天をどこかに連れて行っておやり」


「おっけー、おばあちゃん」


「じゃあ天、ご飯食べたらまた昨日みたいに集合ね」


そう言って梵はどこかに行き、いそいそと準備を始める。


「……何すんだろ」


お味噌汁をズズズと啜りながら俺は考える。


「梵のことだから、釣りか何かじゃ無いかねえ」


「釣り?」


「ああ、今朝のこの魚も梵が今日朝一番に釣ってきたものさ」


マジかよ、すげえな。


俺、釣りとかしたことないけど大丈夫かな。


脳内で一本釣りをしている梵を想像する。


釣竿と魚を片手に「大物わんだふる」とか言っている梵を想像した。


……


割と解釈一致だった。


/////


「なんだ、これ……」


「川だよ」


「滝とかじゃなくて?」


俺の視界の先には、轟々と流れる川があった。


少し大きめで、川に近い石を椅子代わりにし、俺たちは川を覗き込む。


白濁とした川しか映らない。


「ってか魚いるの?」


「今日、食べてた」


「だよなぁ……食べたもんなぁ……」


到底釣れる気がしない。


「釣りはね、根気がないとダメだよ」


「えー……」


根気、逃げ続けている俺に一番ないものだ。


梵に言われた通り、餌を付けて川に放り投げてみる。


「来た……!」


「え?早くね?」


梵の方を見ると、本当に魚を釣っていた。


手早く網で掬い上げ、針を外し、バケツに放り込む。


「っしゃこれは俺も来てるかもな……!」


リールを回し、勢い良く釣竿を引き上げる。


餌だけ綺麗に外れていた。


「天」


「梵……」


振り返ると、俺の肩にポンと手を置いた梵がいた。


「どんまい」


「うおぉぉ……」


女の子の前で何一つとして格好を付ける事が出来ず、苦悶する俺をくすくすと笑う声が聞こえた。


「……梵?」


「いや、私じゃないよ。確かに天は面白かったけど」


「え?じゃあ誰が……」


と言い、後ろを振り向く。


するとそこには、着物に身を包んだ女性が立っていた。


「貴方様が例の……」


「あ、椎木さん。こんにちは」


「え?誰?知り合い?」


「うん。こちら椎木さん」


「あのどんぐりとかの椎木よ」


「ど、どうも。天と言います。天の川の天でそらです」


「あら、天さんと言うのね」


ニコニコとしているのが印象的だった。


「私も釣り、混ぜてもらってもいいですか?」


梵が俺の方を向いたので頷く。


「天がいて狭いですが、良かったらどうぞ」


「俺がいるからって言う必要あった!?」


「ふふ、助かるわ」


3人で座ると狭い石の上で、俺たちは釣竿を垂らす。


というか、密着がすごい。


梵が近い。


「し、椎木さんは釣りがご趣味なんですか?」


「ん〜まぁそうねぇ」


「なんというか、2日後の儀式のことを思い出すと中々落ち着かなくてねぇ」


「儀式、ですか?」


なんだろうそれ、聞いたこともない。


「一昨日にお祭りがあるって話、したでしょ?」


「この村には一年に一度お祭りがあるの。」


「そして、毎年そのお祭りの儀式の時には、カミサマが生まれるかもしれないの」


「へぇ……」


それはまた、ものすごい話だ。


神は代替わり寸前だと聞いた。


であれば、そろそろ神は生まれてもおかしくないのだろう。


それも、この狭い村の中の誰かが。


椎木さんが落ち着かないのもなんとなくわかる。


「梵ちゃんの所の識ばあが、主導してくれているのよ」


「そうなんですか!?」


びっくりだ。


「と、言うよりこの村全体の実質的なまとめ役だものね」


「え?そうなの?」


そう言い、梵を見るとコクリと頷いていた。


マジかよ。


いや、大きな家だなぁとは思ったけど……そりゃ大きいわけだ。


だって実質的な村の長ってわけだもんな。


「そんなわけで、私は少し落ち着かない気分になっているのですよ」


「そりゃ落ち着きませんよね、やっぱり仮に選ばれたとしたらって思うと……」


「そうですね……ただ一方で、私はそれを含めて受け入れようとも思っています」


「受け入れる?」


思わず目をパチクリさせる。


「ええ。この村に来たことも、神になるかもしれないという事実も全て……」


「受け入れるったって、どういう」


「だって、今更どうこうしたところで、どうしようもないでしょう?」


椎木さんは水面を見つめながらそう言った。


「だったら全てを受け入れて、今あるものをより良くしたい。


その方が、有意義な人生だとは思いませんか?」


「なるほど……」


素直に感心した。


確かに、言われてみればそうだ。


過去や現状に囚われるくらいなら、いっそ受け入れた方が楽だし。


なんならそこから見えるものや生まれるものもあるはずだ。


「すごくいい考え方だ……」


「ふふっ、ありがとう」


「天、おばあちゃん家まで餌取りに行って」


「え?」


「天が下手すぎてどんどん餌がなくなる。冷凍庫にあるから持ってきて」


「えぇ……」


なんだか梵は怒っているようだった。


いや、表情も声もいつも通りなのだけれど、何故か怒っているように感じた。


「しょうがねぇなぁ……」


ポリポリと頭を掻きながら釣竿を置き、俺は家の方へと向かったのだった。

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