第10話「英雄の終焉、真実の発覚」

 魔将軍ザルガスとの決戦は、勇者パーティーの完全な敗北に終わった。

 寿命を削って得た力も虚しく、レオードはザルガスの一撃の前に沈んだ。残された仲間たちも、呪いの副作用で心身ともに限界を迎え、まともに戦うことすらできずに敗走した。

 彼らは、文字通りボロボロの状態で、王都へと逃げ帰った。かつての英雄の凱旋とは似ても似つかぬ、惨めな帰還だった。


 意識不明の重体に陥ったレオードは、城の医療室に運び込まれた。国中から最高の治癒術師や神官が集められたが、誰も彼の状態を改善させることはできなかった。

「ダメだ……。何者かに、生命力を根こそぎ奪われている。まるで、呪いのようだ……」

 診察した宮廷魔術師長が、青ざめた顔でそうつぶやいた。

 その言葉に、パーティーの生き残りであるエルフの魔術師は、はっと顔を上げた。

『呪い……?まさか……』

 彼女の脳裏に、あの忌まわしい魔剣と、かつて追放した荷物持ちの言葉が蘇る。

『危険です!その剣は呪われています!』


 魔術師は、いてもたってもいられず、パーティーがこれまで集めてきた武具が保管されている宝物庫へと走った。彼女は、王家に伝わる最高位の鑑定の魔道具を持ち出し、一つ一つのアイテムを調べていった。

 レオードの魔剣、ブラッドソウル。

 ドワーフの戦士の大斧。

 神官の護符。

 そして、自分が使っていた、『狂気の宝玉』が埋め込まれた杖。


 結果は、彼女の背筋を凍らせるには十分すぎるものだった。

【魔剣ブラッドソウル:呪い『生命吸収』】

【剛力の大斧:呪い『痛覚鈍化』】

【女神の護符:呪い『信仰心減退』】

【賢者の杖:呪い『精神汚染』】

 全てが、強力な呪いにかかっていた。これまで自分たちが頼りにしてきた力の源が、実は自分たちを破滅へと導く毒だったのだ。

「あ……ああ……」

 魔術師は、その場にへたり込んだ。足の力が、抜けてしまったのだ。

 自分たちは、なんて愚かだったのだろう。

 ただ一つの真実を告げた男を、役立たずと罵り、追放した。そして、その結果がこれだ。仲間は瀕死の重体になり、パーティーは崩壊した。


 彼女は、全ての真実を王に報告した。

 報告を聞いた王は激しく動揺し、すぐに国中の呪いの専門家を呼び集め、レオードたちの治療を命じた。しかし、専門家たちの答えは、無情なものだった。

「手遅れです。呪いは、あまりにも長く彼らの身体と魂に根を張りすぎています。生命力はほとんど残っておらず、もはや回復の見込みは……」

 絶望的な状況。万策尽きた王と大臣たちの脳裏に、一つの名前が浮かんだ。

 今や、この国で最高の武具職人として、そして、呪いに関する特殊な知識を持つ者として、その名を知らぬ者はいない。

『恵みの工房』の主、アイカワ・ユズル。

 彼ならば、あるいは、この絶望的な状況を打破できるかもしれない。

 王は、最後の望みをかけて、譲を王城へ召喚する勅命を下した。


 その頃、譲は王都の二号店の開店準備で大忙しだった。そこへ、王家からの急な呼び出しの知らせが届く。

「俺が、王城に?一体、何のようだ?」

 事情が分からず、譲は首をかしげる。

 王城へと案内された譲は、重苦しい雰囲気に包まれた謁見の間で、玉座に座る王と、その周りに控える大臣たちと対面した。そして、彼らの口から、勇者パーティーの惨状と、彼らの武具が呪われていたという事実を知らされた。


「ユズル殿。そなたは、この事実に気づいていた、と聞いた」

 王が、厳しい口調で尋ねる。

「はい。俺は、あの魔剣の呪いを鑑定し、レオードさんに警告しました。ですが……」

「聞き入れられなかった、と。そして、そなたはパーティーを追放された」

 譲は、黙ってうなずいた。

 王は、深くため息をついた。

「全ては、我々の、そしてレオードの愚かさが招いたことだ。だが、ユズル殿。どうか、彼らを救ってはくれまいか。この通りだ」

 王は、玉座から立ち上がると、一介の職人にすぎない譲に向かって、深く頭を下げた。その姿に、周りの大臣たちも慌てて頭を下げる。

 異例の光景だった。だが、それだけ彼らが追い詰められているということの証明でもあった。


 譲の心は、激しく揺れ動いた。

 自分を侮辱し、追放した者たち。彼らを助ける義理など、どこにもない。自業自得だ。見捨てて当然だ。

 だが、女神の言葉が、彼の脳裏をよぎる。

『あなたの使命は、人々の苦しみの原因となる呪いを解き、彼らを助けることです』

 もし、このスキルの本当の意味が、私怨を乗り越え、苦しむ者を救うことにあるのだとしたら。

『……俺は、どうすべきなんだ』

 譲は、すぐには答えを出せなかった。


 彼は王に、少しだけ考える時間が欲しいと告げた。王は、それを承諾し、レオードが眠る医療室へ彼を案内した。

 医療室のベッドに横たわっていたのは、もはやレオードとは別人のように変わり果てた男だった。白くなった髪、こけた頬、生気のない肌。かろうじて、浅い呼吸を繰り返しているだけだった。

 譲は、彼の傍らに立ち、静かに【呪物鑑定】を発動させた。

 脳内に、絶望的な情報が流れ込んでくる。

【呪われし勇者:呪い『生命枯渇』。魔剣ブラッドソウルと禁断の儀式により、生命力の大半を失った状態。魂にまで呪いが浸透しており、通常の治癒魔法や解呪は効果がない。解除条件:失われた生命力に等しい、膨大な聖なる力を注ぎ込むこと。または、術者の死】


『……手遅れ、か』

 解除条件は、事実上、不可能を告げていた。膨大な聖なる力など、現代には存在しないと言われている。

 譲は、静かに目を閉じた。

 彼の中に、一つの答えが形作られようとしていた。それは、復讐でも、慈悲でもない。ただ、自分の過去に、そして、彼らとの歪んだ関係に、決着をつけるための、彼自身の選択だった。

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