第11話 再構築

 ――光が、音を呑み込んだ。

 何もかもが、溶けていく。

 形も、時間も、記憶も。


 ただひとつ、蓮の胸の奥に残っているのは、奈央の声だった。


 『あなたが、選ぶ方を――』


 意識が引き裂かれる。

 過去の断片が、映像のように流れ込む。

 雨の街、笑う奈央、研究室での神谷。

 まだ何も壊れていなかった頃の世界。


 ――「この装置が完成すれば、人の“過去”は自由になる」

 ――「いや、それは神になることと同じだ」

 ――「記録を改ざんすれば、人の罪も消せる。そんな世界に未来はない」


 断片が連なり、蓮は息を呑んだ。

 記録装置LOG――それが、すべての始まりだった。

 “過去を書き換え、存在そのものを再構築する”システム。

 奈央はその中枢にいた。

 そして、神谷はそれを止めようとしていた。


 だが――止められなかった。


 白い光が霧散し、視界が戻る。

 目の前に広がるのは、どこか懐かしい研究所の廊下。

 壁には古いロゴ、《MIND-LINK SYSTEMS》の文字。

 そこに、白衣の奈央が立っていた。

 彼女の姿は、今までの残響とは違う――

 息づいていた。本物の、あの頃の奈央だった。


「……ここは、いつの……」


 蓮の問いに、奈央は静かに答えた。


「再構築の“途中”。

 あなたの選択が、まだ確定していない。

 だから――過去と今が、重なっているの。」


 彼女の手が伸び、蓮の頬に触れた。

 今度は、確かに温もりがあった。


「蓮。あなたが世界を戻すなら、私は消える。

 けれど、もし今を残すなら……誰かが真実を忘れる。」


 その声は、涙を堪えるように震えていた。

 蓮は目を閉じる。

 選ぶべき答えは、もう分かっていた。

 だが、それはどちらを選んでも“喪失”を意味していた。


「奈央……お前は、何を望んでたんだ? 本当は。」


 奈央は、少しだけ笑った。

 それは、あの穏やかな笑顔。

 全てが壊れる前に、何度も見た微笑みだった。


「私の願いは、ただひとつ。

 ――あなたが、“本当の自分”でいられる世界を残して。」


 その言葉が、蓮の胸を貫いた。


 次の瞬間、天井が崩れ落ち、世界が再び分解を始める。

 記録の層が剥がれ、無数の声が渦を巻いた。

 神谷の怒号、奈央の笑い声、無名の人々の記憶。

 すべてが混ざり合い、光に溶けていく。


 端末のホログラムが再び現れる。

 選択画面――《YES》と《NO》

 そして、消えかけた奈央の声。


『……蓮。決めて。

 世界を救うか、それとも――私を。』


 蓮は、迷わなかった。

 指先が、ひとつの文字を選ぶ。


 ――《YES》


 眩い閃光が、全てを呑み込んだ。

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