第5話

 警察署に着くと、外の階段を経由し、一本道を抜けた先で取調室へと辿り着いた。

「さて、こいつは形式上残す書類だ。つまり、全てが事実である必要はない。簡単に説明するなら、あのクソババァの言い分に従って書き上げるから、認知だけしてもらえればそれでいい。わかったな?」

 今、自分の目の前で行われていることが、現実だとは信じられなかった。しかし、この場では信じるか信じないかなど重要ではない。俺は受け入れるしない。

 ただ、やれるだけの抵抗はしておくべきだ。でなくては、きっと後悔してしまう。

「あの、最後に家族と会うことはできませんか?」

「無理だ」

 思考の余地が存在しない、即答だった。

「俺……僕はこの後どうなってしまうのでしょうか?」

「は? 中学で習わなかったのか? 改訂後の少年法に則り、しばらく収監。そして、段取りが整い次第処分される、それだけだ」

 そんなことは当然知っている。受け入れ難い真実と恐怖が、いつの間にか口からこぼれてしまっていた……。

「それならやっぱり、最後に家族と――」

 せめてもの抵抗として、そう口にし続けた結果は、有無を言わさぬ殴打だった。

 頬に直撃した拳の衝撃によって、床に這いつくばると、そんな俺を見下ろしながら警官は怒鳴りを上げた。

「ガキが舐めた口、利いてんんじゃねぇぞ! ここに来た時点で、お前等は処分を待つだけの産廃ゴミ同然なんだよ。こっちが増えすぎたガキ共の選定に、どれだけ手を焼いているのか考えてから物を言え」

 その瞬間、ようやく思考が終着点に達した。

 この世界に希望など存在しない。人間が選べる選択肢は、今死ぬか、死にながら生きるかだけだったのだ。

 今更、不条理に満ちた世界を憂いても意味がないことは重々承知している。しかし、淡々と組み上げられていく架空の罪状を耳に入れ、収監を待っているだけの俺には、そんなことを考えることでしか気を紛らわせられなかった……。


 ・・・・・


 刑務所に収監されてから、すでに数ヶ月が経過した。

 一日に一度の食事以外は、鉄格子を隔てた空を見上げるだけの生活にも慣れてきたように思える。世の中に対する怒りを胸に押え込み、衰弱の一途を辿る肉体と精神が朽ち果てるときをただ待っている。

 そう理解しているはずなのに、食事が提供されれば食べてしまう。どうやら、俺の本心は思考に反して、死を恐れているらしい。

 いつまでこんなことをしていればいいのだろう……。ここまでまったく音沙汰がない現状に、やり場のない苛立ちが生じる。

 殺すなら、早く殺してくれ。それとも、これほどに時間がかかるくらい、未成年者が処刑されているということなのだろうか。

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