Ep.2
十四歳を迎える半月ほど前、レーベンスにドローレは越してきた。
誰もが礼儀正しく、謙遜し合う国、日本から。
理由は簡単、たった一人の親である母が元旦那を殺めたことによる亡命であった。
母ですら救いを求めて此処に来たのだ。
それの道連れとなったのが、ドローレ。
飛行機を乗り継いでは名前を国際的なものへと変え、以前の名前は失われた。
肩につかない短く切った髪を靡かせて、絶望に染まった漆黒の目を持つ。貧しいおかげでやせ細った体には、長年連れ添った心友である黒のワンピースが良く似合う。
クロアゲハのような、華奢で麗しい見た目をする彼女を、絶望に陥れたのは、紛れも無く亡命が理由であった。
彼女たちが越してきて早々、周囲からの冷やかしが始まった。
「あの女、黒服に黒い目、黒い髪をしている。呪われるぞ」
「黒蛇と会話をしているところを見た」
根も葉もない噂が掻き立て、やがて闇が彼女を襲った。小さな街では、噂が広がるまで半日あれば十分だった。
母は毎日、いまかいまかと救いを求め家に帰らないし、気分転換に外に出ようものならば後ろ指を指される。
彼女は十四歳にして、この年齢で与えられる絶望を次々と体験していた。
そうは言っても、帰らない母に期待してご飯を待つのも馬鹿らしいし、期待は裏切られる。まだ未熟なドローレは独り、毎日外へ買い出しに出かけていた。
日々は簡単に変わらない、故に今日も。
黒いヒールを丁寧に踵まで履いて、土を手で払う。
日本にいた時のような輝きは失って、今では土埃が取れないところも多々目立つ。
静かに立ち上がるとワンピースの裾が解れていることに気がついた。
「…新しいの、買わないとかな」
糸をワンピースの内側に折りたたむように隠して、ポツリと呟いた。やがてその声は、外の異国的な音楽に打ち消される。
ドローレの存在は弱かった。
僅かに腕に力を込めて、そっと扉を開ける。
遮断されていたアコーディオンの音が聴覚を刺激して、無意識に眉を顰める。
静寂しきっていたドローレの内なる世界と、レーベンスは似ても似つかないし、相性が悪かった。
周囲をぐるりと見渡して、人がいないことを確認して足を踏み出す。
ヒールが毎度カツカツと音を鳴らすのが億劫だった。なるべく重心を踵に置いて、つま先は最後に地へ付ける。音を最小限に抑える方法まで身についていた。
けれど、嫌な予感は訪れる。
背後から聞こえてくるのは、複数人の足音。
クスクスと笑う声は、必ずと言って不幸を起こす。
ドローレの頭の中は、そんな人間方程式で埋め尽くされていた。
「悪魔女、まだこっちの世界にいたのか」
ドローレよりも、少し背の大きい男が三つ。
彼女を囲うように歩いては不気味な笑みを浮かべる。
「私、急いでるので」
くるりと来た方向へ向きを変えると、彼らも比例するようにくるりと向き直した。
「今日はなんの降霊術をするんだ?見せろよ」
陰湿な行動は続き、ドローレの心は水が乾いた雑巾のようにボロボロになっていた。
希望も、涙も出ることなく。
その声を無理やり両手で塞ぎ、足早に逃げる。
背後からは、泥沼が再びワンピースへと付着する感覚が布越しに伝わってきた。再び家へ帰ることを繰り返しては、一日が長く感じた。
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