変化の兆し/Side神楽木響也2


 会計を済ませて店を出ると、解散には早い時間で周辺を散策することになった。


 街中をゆっくり歩きつつ、藤崎がショーウィンドウの展示物を眺めたり、店に入って商品を手に取るのを見守る。


 彼女の希望で立ち寄った雑貨店では少しの間別行動になり、何気なく店内を見回した。アンティーク調の髪飾りが目に留まって釘付けになる。帆花が愛用している物と似ていたのだ。


 『昴さんに貰ったの』


 帆花のはにかんだ笑顔が脳裏に蘇る。胸がチリッと火傷したように疼いた。


 クリスマスパーティーの日。内に秘めていた魅力を惜しげなく開花させた帆花が、香り立つような美しさを讃えて昴と寄り添う姿を見た瞬間、衝撃が体を貫いた。


 男が女を着飾らせる時は大抵の場合、下心がある。ただ帆花は男慣れしておらず、昴を信頼しているからこそ警戒せずに着飾られ、誘われるままパーティーに参加したのだろう。


 理屈は分かるが、言いようのない苛立ちを覚えた。親密な距離感で、当然のようにエスコートする昴にも腹が立った。


 大切な宝物を奪われた気がして思わず拳を握り締めたが、波立つ感情に蓋をした。余計な一言で水を差し、幸せそうな帆花の笑顔を曇らせたくなかったからだ。


 帆花は必ず守ると誓った。その想いに揺らぎはない。しかし帆花は成長し、近い将来この手を離れていく。いずれ結婚すれば、守る役目を引き継ぐ立場にあることも理解している。


 それなのに――これまで知らなかった激しい感情が芽生えて、未消化のまま胸に塞がっている。


 (昴に……いや、誰にも渡したくないと思うなんてどうかしてるな)


 眉間に皺が寄り、ため息が零れた。


 「――……さん。神楽木さん? 大丈夫ですか?」


 横から声がして我に返る。藤崎が気遣わしげにこちらを見上げていた。彼女の存在を忘れていた失態に気付き、己を戒める。


 「すみません、少し考え事をしていました」


 「そうですか。よかった、体調が悪くなければいいんです」

 

 優しい笑みを浮かべ、藤崎は腰の後ろで両手を組む。響也は口角を上げた。


 「目当ての品は見つかりましたか?」


 「残念ながらここにはありませんでした。でも私、こういうお店は何時間いても飽きないくらい大好きなんですよ」


 「なるほど、確かに色々な物が置いていて見応えがありますね。藤崎さんのお勧めがあれば紹介してもらえませんか?」


 響也が興味を示し、藤崎は嬉しそうに応えた。

  

 「好きなものは沢山ありますが、最近は天然石が気になっていて勉強中です。このお店にもあるので、よかったらご覧になって下さい」


 藤崎が手差しする方へ視線を移すと、天然石コーナーが設けられていた。


 アクセサリー等に加工されたものや、掌に収まる小ぶりの石が陳列されている。それらを物珍しげに眺めていた時、藤崎が耳に髪をかけながら近付いてきた。


 「ご存じかもしれませんが、誕生石というものがあるんですよ。神楽木さんは何月生まれですか?」


 「五月です」


 「五月ならエメラルドですね。エメラルドは叡智を象徴する石として知られていて、知的な職業の人々に愛されてきたそうです。それから愛の力が非常に強く、恋愛成就、幸せな結婚のお守りとして有効だとも言われています」


 「さすがお詳しいですね」


 「まだまだ初心者ですよ。でも一度気になり始めるととことん調べたくなる性質なんです。ちなみに帆花ちゃんのお誕生日はいつですか?」


 「十一月です」


 「それならシトリンです。えーと……ありました。これです」


 手渡されたのは、金星を彷彿とさせる神秘的な石だった。


 「シトリンは商売繁盛と富をもたらす幸運の石として大切にされてきたそうです。太陽のエネルギーを持ち、癒しにも優れています。心身のバランスを安定させてくれるので、仕事や勉強でイライラしたり、プレッシャーに負けそうな時に身につけるのがお勧めです」


 「お守りのようなものですね」


 「はい。気の持ちようかもしれませんが、あると心強いと思いますよ。手頃な値段ですし、お土産にいかがですか? シトリンに限らず帆花ちゃんの好きそうなものがあれば」


 温かい心遣いに、響也はふっと目元を和らげる。


 「ありがとうございます。せっかくなので少し見て回ってもいいですか?」


 「もちろんです。他にも気になる石があれば遠慮なく声をかけて下さいね。私もよさそうなものを見つけたらお持ちします。一緒に、一番良いと思えるものを見つけましょう!」


 言って、藤崎は宝探しを始める少女のように笑った。

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