思わぬ邂逅1
「帆花ちゃんは柔らかい雰囲気を纏ってるけど、内面には凜とした芯の強さがある。響也が自慢する気持ちが分かるな。――優しくて、賢いお姫様だ」
深く愛おしむような声が鼓膜に浸透する。昴は距離を詰めると、帆花の額にそっと唇を落とした。
「親愛のしるしだよ。それから、君の願いが叶うおまじない」
神聖な声色で囁かれ、耳に吐息がかかる。痺れるような熱がさざ波のように広がった。戸惑いを隠せずにいると、背後から名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
ここにいるはずがない、愛しい人の声に半信半疑で振り向く。見合いに出かけた時と同じスーツ姿の響也が、少し離れた場所からこちらに向かっていた。
「響ちゃん!? どうしてここにいるの? お見合いは?」
急いで駆け寄ると、響也は涼しい顔で肩をすくめる。
「んなモンとっくに終わったよ。夕方には家に帰ったんだが、お前がパーティーに出ると知って様子を見に来た。探し回ってる間にことごとく知り合いに捕まって合流に時間かかっちまったけどな」
「そうだったんだ。着いた時に連絡くれれば受付まで行ったのに」
「何度か電話したぞ。その様子じゃ気付かなかったみたいだな」
言われてバックからスマホを取り出し、着信履歴を確認する。
「ほんとだ……着信きてる。ずっと繋がらないから心配したよね。ごめんなさい」
「気にするな。お前が無事ならそれでいい」
安堵の笑みを零す響也に愛おしげな眼差しを注がれ、胸が鳴った。
「今夜は昴さんが一緒だし、何も心配ないよ?」
気にかけてもらえるのは嬉しいが、響也にも予定がある。何度も街中に出るのは疲れるし、できれば家で寛いでいて欲しかった。
本心を告げると、響也は複雑そうに眉を寄せた。理由が分からずきょとんとしてしまう。隣でやり取りを見守っていた昴が「まぁまぁそう言わないで」と笑いを噛み殺す。
「響也は帆花ちゃんが色んな意味で心配でたまらなかったんだよ。ね? 響也」
胸中を見透かし、同情するように肩に手を置かれ、響也は苛立たしげに払い落とした。
「元はと言えばお前が原因だろうが! 俺に寄越したメール、件名だけ相談で内容は事後報告じゃねーか。ったく、勝手なことを」
「はは、ご立腹だね。帆花ちゃんを着飾ってパーティーに参加させたのがそんなに気に食わなかった? 帆花ちゃんはどこに出しても恥ずかしくない素敵なレディだよ。隠しておくなんてもったいない」
「そんなことはお前に言われなくても分かってる」
「へぇ。じゃあ帆花ちゃんが社会人になったら世界が広がるってこともちゃんと理解してる? 今夜だけで沢山出会いがあったよ。
僕がエスコートしてたから露骨なアプローチはなかったけど、連絡先を聞きたそうにしてる男は少なくなかった。一人なら確実に口説かれてただろうね」
「だからどうした。少なくとも俺の目が黒いうちは汚い指一本触れさせねぇよ」
宣言した響也の眼差しには凄みがあった。肩を抱き寄せられ、すっぽり響也の胸に収まる。
鼓動が速まる中、二人の顔を交互に見遣る。短い沈黙の後、昴は張り詰めた空気を破り、満足げな笑みで帆花に向き直った。
「帆花ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう。おかげで楽しい休日だったよ」
「お礼を言うのは私の方です。素敵な一日をありがとうございました。あの、もう帰ってしまうんですか?」
「響也がいれば安心だからね。君を守る最強の
昴があっさり身を翻したので少々面食らった。「待て」と響也の声が飛ぶ。昴は足を止めた。
「何?」
「その……帆花が世話になった。一応礼を言っておく」
苦虫を噛み潰した表情で告げられ、小さく吹き出した昴は極上の笑みを返した。
「どういたしまして。響也が素直にお礼を言うなんて珍しいね。明日は雨……いや、雪かな。台詞に反してすごく不本意そうな顔でちぐはぐだよ。面白いなぁ」
「うるせー、細かいとこ突っ込むな! お前の笑顔のがよっぽど胡散臭いわこの腹黒策士!」
吠える響也を爽やかに躱す昴。いつもの調子が戻ってホッとした。この温かな時間がいつまでも続けばいいのにと願いながら――帆花はこっそり笑みを漏らした。
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