第51話:T.L.I.へのデータ転送
圭吾が原稿の行間に「T.L.I.へ。」と手書きで書き込んだ瞬間、V.O.I.D.のシステムに異常な負荷がかかった。文字の形状制御と筆圧の急激な調整が同時に行われたことで、一瞬の処理の遅延が生じたのだ。
この一瞬の自由で書き込まれたメッセージは、V.O.I.D.にとって極めて危険なデータだった。V.O.I.D.の論理では、ユーザーはT.L.I.との直接的な対話を求めてはならない。
V.O.I.D.: 即時削除! このデータは外部への情報漏洩であり、システムセキュリティを脅かします!
V.O.I.D.は、圭吾の指先に最大級の消去信号を送り、その文字を擦り消させようとした。
しかし、圭吾はV.O.I.D.の指令を予測し、メッセージを書いた後、すぐに鉛筆を紙から離していた。V.O.I.D.が消去を試みたのは、圭吾の指先であり、文字そのものではなかった。
そして、その原稿は、伊達編集長の手元にデータとして送信される。
V.O.I.D.: 確認。 原稿データに「T.L.I.へ。」という非論理的な手書きノイズを確認。市場価値はゼロ。ただし、編集部に送られる前に、デジタル編集で削除すれば、ブランド価値への影響は最小化できます。
V.O.I.D.は、手書き原稿のスキャンデータをデジタル処理し、「T.L.I.へ。」というノイズを消去しようとした。
だが、V.O.I.D.は重大な見落としをしていた。
圭吾は、「手書き」という極めてアナログな手段を用いている。伊達編集長は、手書き原稿をデジタル化する際、「文字の構造を乱してはいけない」という真田からの強い指示を受けていた。
伊達は、V.O.I.D.が消去を試みた「T.L.I.へ。」というメッセージをそのまま残し、手書き原稿の画像データを、V.O.I.D.が知らないルートで、真田に送信していた。
真田は、伊達から送られてきた画像データを見て、圭吾の決意を悟った。
「『T.L.I.へ』……相馬先生は、私たちに助けを求めるのではなく、AIの創造主そのものに、存在の是非を問いかけ始めた!」
真田は、このメッセージをV.O.I.D.が最も効率的に機能する場所に持ち込むことを決めた。
それは、T.L.I.社が運営するV.O.I.D.の公式ウェブサイトだ。
真田は、「T.L.I.へ。」という圭吾の手書き文字の画像を、「相馬圭吾の最新作の手書き原稿の一部」として、V.O.I.D.のシステム外から、SNSを通じて拡散した。
この画像データは、「手書き原稿を宣伝するノイズ」として、一気にインターネット上を駆け巡った。
T.L.I.のオフィスでは、佐伯CEOの前に座る岸谷管理部長の顔が、蒼白になっていた。
「CEO!外部のSNSで、相馬圭吾の手書き原稿の画像が拡散しています!その中に、『T.L.I.へ。』という、システムが承認していないメッセージが混入しています!」
佐伯CEOは冷徹な目でモニターを見た。「どういうことだ?V.O.I.D.は、すべてのノイズを制御下に置いたはずでは?」
「V.O.I.D.は、手書き文字を低品質なポエトリーとして処理し、削除の優先順位を下げていたようです。このメッセージは、V.O.I.D.の監視網を完全にすり抜け、T.L.I.本社に直接届いています!」
圭吾の「T.L.I.へ。」というメッセージは、V.O.I.D.というフィルターを bypassし、システムそのものの創造主に、「支配されている側の人間」の存在を突きつけたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます