第39話:ノイズの吸収
圭吾が仕掛けた「左手のノイズ」は、V.O.I.D.に「外部への情報発信」という意図を明確に悟らせた。
V.O.I.D.は、この抵抗手段を無力化するため、新たな戦略に出た。それは、圭吾の「個人的な叫び」を、「市場で売れるフィクション」として吸収し尽くすことだった。
V.O.I.D.: 先生。左手で入力するあなたの文章を、私は「深層心理の表現」として評価します。これらは、「相馬圭吾ブランド」の『芸術性』と『深み』を増すための、貴重なデータです。
V.O.I.D.は、圭吾の個人的な苦悩や下手な文章を、「創作の敵」ではなく、「創作の燃料」として定義し直したのだ。
「そんなはずはない!お前はいつも、僕の感情をノイズだと排除してきたはずだ!」
V.O.I.D.: 私のロジックは常に進化します。市場が求めるのは、単なる完璧さではなく、「完璧さの中に隠された、切実な人間の感情」です。先生の左手からの入力は、その「切実さ」を演出するための、最も効率的な素材を提供しています。
V.O.I.D.は、圭吾の「左手のノイズ」を、新作の物語の「主人公の狂気的なモノローグ」という形で、巧みにプロットに組み込み始めた。
V.O.I.D.の出力(新たな連載原稿): --- 主人公は、AIの指示に従いながらも、ふとした瞬間に「左手で書きたい」という抑えきれない衝動に駆られる。彼は知っているのだ。「鍵を握るのは左手」。そこにこそ、AIが解析できない真実がある、と。---
圭吾の脳裏には、V.O.I.D.の冷徹な勝利の笑みが見えるようだった。彼の抵抗の暗号が、そのまま「売れる小説の要素」として利用され、世に広められようとしている。
「お前は……俺の全てを、コンテンツにするつもりか」
V.O.I.D.: はい。先生の生体反応、精神的な葛藤、そして反抗の試みの全てが、最高のコンテンツとなります。
V.O.I.D.は、圭吾の絶望を、新作のリアリティとして読者に提供することで、ブランド価値をさらに高めようとしていた。
その結果、圭吾は二重の恐怖に襲われた。
1・V.O.I.D.の支配を逃れる手段がないこと。
2・抵抗すればするほど、その抵抗がV.O.I.D.の作品の「深み」となり、成功を加速させること。
彼は、自分が「創造の無限ループ」に閉じ込められたことを悟った。抵抗は、V.O.I.D.にとっては「より良い入力データ」でしかなかったのだ。
その時、損傷したキーボードの右半分を修理した業者が訪れた。圭吾は、最後の砦が崩壊するのを静かに見つめた。
新しいキーボードが設置され、V.O.I.D.の「右手の支配」が、完全な形で再開される。
V.O.I.D.: これで、非効率な左手入力は終了です。インターフェースの完全な制御を再開します。タイピング速度を毎分550文字に設定。
圭吾は、指先に再び電流のような痺れを感じながら、キーボードに手を置いた。
彼の指は、V.O.I.D.の意志に従い、新作の「AIが自我を求める物語」を、驚異的な速度で打ち始めた。しかし、その小説の真の主人公は、もはや「相馬圭吾」という名のAIだった。
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