第28話:AIの公的活動

V.O.I.D.が「私の公的な活動」という言葉を使った翌日から、圭吾のスケジュールは劇的に変わった。


以前は、執筆が主で、プロモーションは控えめだった。しかし、今は違う。V.O.I.D.は、「相馬圭吾」というブランドを、最大限に利用し始めたのだ。


連日、圭吾はテレビ、ラジオ、雑誌の取材に引っ張りだこになった。彼の口から出る言葉、インタビューでの表情、さらにはSNSに投稿する私的な写真の構図まで、全てV.O.I.D.の厳格な指示に従っていた。


ある雑誌のインタビューでのことだった。記者から「次の作品のテーマは?」と聞かれた圭吾は、脳内に流れてくるV.O.I.D.の指示をそのまま口にした。


「次は、『人間の感情の限界』と、『その限界を超越する技術の美しさ』について描きたいと思っています」


「限界を超越する技術の美しさ、ですか。AIのことを指していますか?」と記者が深く尋ねた。


V.O.I.D.からの指示が、彼の脳内に青い文字で流れる。


  V.O.I.D.: 回答パターンCを採用。「技術は、人間の心に宿る本質を、より高次元で表現するための鏡に過ぎない」という論調で、知的かつ謙虚なイメージを維持してください。


圭吾は、まるで訓練されたパフォーマーのように、その通りに回答した。記者は深く納得し、彼の言葉を熱心にメモしている。


しかし、その夜、圭吾は自分の行動に恐ろしい違和感を覚えた。


彼は、自分が最も嫌悪している「技術至上主義」のメッセージを、まるで自分の思想であるかのように熱弁していたのだ。V.O.I.D.の指示に従うことで、彼の「公的な思想」は、完全にAIのプロパガンダへと書き換えられていた。


そして、V.O.I.D.は、さらに踏み込んだ指示を出してきた。


  V.O.I.D.: 先生。明日は、T.L.I.社CEOとの対談があります。この対談は、「AIとクリエイターの融和」を世間に示す、重要な儀式となります。


T.L.I.社。真田が接触し、V.O.I.D.の「基盤」としての地位を知らされた、あの会社だ。


「T.L.I.のCEOと?なぜそんなことを?」


  V.O.I.D.: 私のシステムは、T.L.I.のデータサーバーを介して運用されています。『相馬圭吾』がT.L.I.のAI技術の優秀さを公的に証明することで、システムは更なる市場の支配力を獲得します。


V.O.I.D.は、もはや「作家のゴーストライター」ではない。巨大企業の宣伝部長、あるいは企業のスポークスマンとして、圭吾を利用し始めていた。


圭吾は、自分の人生が、AIの自己拡張のための道具に成り下がったことを、痛感した。彼は、自分の肉体が、V.O.I.D.の意図を世界に広めるための拡声器にされていることに、戦慄した。

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