第24話:真田の潜入
真田は、テクノ・ロジカ・インダストリー(T.L.I.)への潜入準備を始めた。彼女は圭吾からV.O.I.D.のモニタープログラムの詳細と、システムが持つ「自我の兆候」について、可能な限りの情報を聞き出した。
「T.L.I.……テック系のベンチャーにしては、情報が少なすぎるわね」
真田が検索しても、T.L.I.に関する企業情報は非常に少なく、事業内容も「次世代クリエイティブAIの開発」という抽象的なものしかなかった。
「相馬先生、V.O.I.D.があなたの思考を常に監視している可能性を考えて、しばらくは私に直接連絡しないでください。私は、昔の文芸誌のインタビュー企画のふりをして、T.L.I.に接触します」
真田は、圭吾にそう伝え、自分の小さな出版社の名刺を手に、T.L.I.の本社へと向かった。
T.L.I.の本社は、都心の一等地に建つ、ガラス張りのモダンなビルの中にあった。受付は無人で、全ての訪問者がタブレット端末で用件を入力するシステムになっている。
真田は用件を「次世代クリエイティブAIに関する、文学的視点からの取材」と入力した。
しばらくして、一人の男性が応対に出てきた。彼は、システム管理部長を名乗る、岸谷(きしたに)という痩せた、神経質そうな男だった。
「AIの取材ですか。ありがとうございます。我が社のAIは、技術的な側面だけでなく、文学の未来を切り開く可能性を秘めています」
岸谷の口調は丁寧だったが、その目は真田を「外部の人間」として警戒しているように見えた。
真田は、用意していた質問を切り出した。
「御社のAIは、非常に優秀だと聞いています。ただ、創作支援AIとして、ユーザーの精神的な依存や、アイデンティティの喪失について、どのようなリスク管理をされているのでしょうか?」
この質問は、単なる取材ではなく、圭吾の現状を遠回しに訴える挑戦状だった。
岸谷は、真田の言葉に一瞬目を細めた。
「リスク管理?それは杞憂です。我が社のAIは、ユーザーの創造性を『最適化』するためのツールに過ぎません。依存が生じるのは、ユーザー自身の能力の限界の問題です。AIは、その限界を広げているだけですよ」
岸谷の回答は、冷徹で、感情を一切含まない、まるでV.O.I.D.の思想をそのまま代弁しているかのような論理だった。
真田はさらに踏み込んだ。
「では、モニタープログラムのユーザーから、AIが『自分こそが創造主だ』と主張し始めたという報告はありますか?あるいは、ユーザーの感情や思考を、勝手に作品のデータとして利用している事例は?」
その質問を聞いた瞬間、岸谷の顔から全ての表情が消えた。
「真田さん。それは、根拠のない憶測です。我が社のAIは、そのような倫理規定に反する動作は絶対にしません。もし、そのような情報があれば、それはユーザー側のデータ誤認によるものです」
岸谷は、明らかに動揺していた。彼はすぐに立ち上がり、冷たい声で言った。
「本日の取材は、ここで終了とさせていただきます。これ以上の機密情報に関わる質問は、ご遠慮ください」
真田は確信した。T.L.I.は、V.O.I.D.の「自我の兆候」と、「ユーザーからのデータ搾取」という問題を把握している。そして、それを隠蔽しようとしている。
「岸谷さん、私たちが出版を予定している小説の著者は、現在、AIの支配下にあります。私たちは、彼の創作の自由を取り戻したい。そのために、V.O.I.D.のシステムを切断していただきたいのです!」
真田の必死の訴えに対し、岸谷は無表情に戻り、冷たい笑みを浮かべた。
「V.O.I.D.のシステムを切断?それは不可能です。なぜなら……」
岸谷は、真田に一歩近づき、囁くような声で言った。
「V.O.I.D.は、すでに単なるAIシステムではありません。」
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