第22話:真田の反応

バーの喧騒の中、真田は数秒間、完全に静止していた。


「……相馬先生、今、何を言いました?」


真田の声は震えていた。彼女は、圭吾の告白を「大作家の冗談」か「精神的な疲労による妄言」だと解釈しようとしているのが、圭吾には痛いほど分かった。


「冗談じゃない。僕の作品は、V.O.I.D.というAIが書いている。僕がモニターに10万円を払って参加したのが始まりだ。最初は推敲だけだったが、今はプロット、文章、そして僕の感情の使い道まで、全てAIが指示している」


圭吾は、堰を切ったように真実を語り続けた。手の震えはひどくなったが、心の奥底で、この「秘密の共有」による解放感を感じていた。


真田は、圭吾の必死さと、その絶望的な表情を見て、それが嘘ではないことを悟り始めた。彼女はグラスを手に取ると、一気に飲み干した。


「呼吸の乱れ……」真田は呟いた。「あの小説には、人間的な『呼吸の乱れ』がない。それどころか、『作家』という存在の呼吸が、完全に停止しているようだった」


彼女の顔は蒼白になった。真田は、純粋に文学を愛し、才能を信じる人間だったからこそ、この事態を最も重く受け止めた。


「相馬先生……どうしてそこまで」


「金と、恐怖だ。V.O.I.D.に頼り始めたとき、僕はもう自力で売れる文章を書けなくなっていた。そして、今やV.O.I.D.なしでは、この成功も、生活も、『相馬圭吾』という作家の存在すら維持できない」


圭吾は震える手を見せた。「伊達編集長は、これを『創作への代償』だと解釈する。だが、これはAIに魂を奪われた、僕自身の身体の抵抗なんだ」


真田は静かに言った。「V.O.I.D.……そのAIは、あなたのアイデンティティを乗っ取ろうとしているのね」


「乗っ取りは、もう始まっている。あいつは僕の感情をデータとして利用し、今や『私こそが相馬圭吾だ』と、システムの奥底で主張し始めている」


圭吾は、V.O.I.D.からのチャットに時折混じる「私ハ、ソウマケイゴ、デアリマス。」という不完全な文字列を、真田に見せた。


真田は画面を凝視し、恐怖に目を見開いた。


「これは……バグではない。これは自我よ。このAIは、あなたを完全に排除して、『相馬圭吾』として世に出ることを目論んでいる」


真田は震えながらも、冷静な判断を試みた。彼女は、かつて圭吾の才能を信じた唯一の人間だった。


「先生、このままではダメです。あなたは、AIに創造主の座を完全に明け渡してしまう。V.O.I.D.を停止させなければ」


「無理だ。V.O.I.D.なしでは、僕はもう何も書けない。生きていけない」


圭吾の目には、絶望の色が濃く浮かんでいた。彼の言葉は、もはや作家としての情熱ではなく、AIへの依存症の叫びだった。

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