星のない男と、蝶になった女

奈良まさや

第1話

🔶第一章 星のない男


2086年。

人口一万人の国、日本。

墓標の数が街灯より多い時代だった。


この国では、男は生まれながらに「星」を持つ。

肩に淡く光る三つの痣——それが命と繁殖力の証だった。


星は、射精のたびに一つずつ消える。

ゼロになれば、子を残せない。

星が三つの者もいれば、十個の者もいる。

星の数は家系の価値を示し、国家はそれを「生殖力」と呼んだ。


政府は星を“国民資源”として管理した。

二十歳まで自慰を禁じ、三十歳までに星を使い切れば労働階級行き。

三人の子を持てば「繁殖功労者」として特別区の永住権を得る。


——星五つの男が七人家族を築く。

それが国家の理想とされた。

男性の成功者は、かくあるべきとされた。


だが、星を持たぬ者もいた。

“星ゼロ”——非繁殖体。

職も戸籍も、結婚の権利すらない。

国家の設計図から外れた存在。

彼らは、生きながらに“死者”と呼ばれた。



橋田妙子、二十八歳。

繁殖省・第七研究局の主任研究員。

彼女は、星を人工的に再生する研究を続けていた。


動機は、科学的野心ではなかった。

三年前、弟が“星ゼロ”として処分された。

まだ息をしていたのに、行政上は「死亡」扱いとなった。

その夜、妙子は研究記録をすべて破棄し、

新しいフォルダを開いた。


ファイル名は《星再生計画・第零号》。

国家に許されぬ祈りの記録だった。



隔離区域の医療棟。

妙子は被験者データ収集の名目で、一人の青年と出会った。


白い寝間着。

ガラス越しの笑み。


中谷幸也、三十歳。星ゼロで生まれた男。


「俺、星がないんです。でも、空を見上げるくらいの権利はあるでしょう?」


妙子は答えられなかった。

彼の肩には何の光もない。

それでも——背中に、微かに蝶の影が見えた。


その日を境に、彼女の研究は変わった。

「星を再生する」から、「星を取り戻す」へ。


星とは何か。

単なるDNA配列ではない。

Y染色体とミトコンドリアが生む、量子の共鳴。

——“男と女の関係そのもの”が形にした、生命の光。


星は男だけのものではなかった。

女のDNAを媒介にすれば、再び灯すことができる。

命を削る代償を払えば。


妙子は夜、自宅端末に一行を打ち込む。

《星精製試案・第零号》

倫理を越えた、彼女ひとりの祈りだった。



🔶第二章 監視下の白衣


研究棟の朝は、いつも無機質な白光で始まる。

呼吸、脈拍、視線の動き——すべてAIに監視されていた。


妙子は白衣のボタンを留める手を震わせた。

——彼のために、今日も嘘をつく。


机上には透明なカプセル。

中で銀色の粒子が静かに回転している。

人工星胚アストラ・シード

星を再現するための量子共鳴体。


液体窒素の下、星胚は微弱に鼓動していた。

それは単なる物理反応ではない。

媒介DNAの“情動入力”、

つまり——誰かを想う力が共鳴を安定させる。


彼女の心が彼の名を呼ぶたび、

星胚は、かすかに光を増した。



「橋田主任、進捗データです」

助手がファイルを差し出す。

妙子は頷き、端末に目を落とした。


背後の噂話が耳に刺さる。

「主任、また夜勤?」「星ゼロの男と接触してるらしい」


——この国では、恋も許されない。


机の端には思い出の写真。

ぼやけた夏の海で笑う青年。

削除済み登録番号:中谷幸也。

存在しない人間。

星の無い恋人。


妙子は彼のDNAデータをUSBに密かに保存していた。

見つかれば即刻拘束。

それでも、やめられなかった。



昼下がり、照明が三秒だけ落ちた。

AIの再起動タイミング——

研究棟で唯一の“闇”だった。


妙子はその一瞬に、封印装置を解除する。

液体窒素が青く光る。

「……もう少しだけ、光って」


その瞬間、警報が鳴り響いた。

《不正アクセス検知。監査チーム出動》


白衣の影が駆け込む。

胸元の徽章がきらりと光る。

——芹沢博士。


「橋田、今日のデータ。報告書と違うな」


「補正中です」


「封印区画を開ける補正など存在しない」


沈黙。

芹沢の視線が、彼女の奥を射抜く。


「嘘をつくとき、君の瞳は光る」


妙子は微笑んだ。

「なら、私の真実も光で見つけてください」


芹沢は小さく息を吐いた。

「……星を生む研究は禁じられている。だが——君は、誰のためにやっている?」


妙子の答えは、風のように静かだった。

「誰かが“存在する”ために。」



夜。

芹沢は一人、研究ログを閲覧していた。

画面に浮かぶ文字——《被験者:中谷幸也》。


彼は目を閉じ、呟いた。

「……やはり、生きていたのか」


胸の奥で、十年前に消えた息子の顔が揺らぐ。

星ゼロで生まれ、処分された。

——あの日、何もできなかった。


芹沢は白衣の袖をめくる。

左肩に、一つだけ残る星。


「この星をあの子に渡せられたら、どんなに良かったか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る